仕事から帰ってきて真っ直ぐ新羅の家に行くと、聞いてほしい事が有ると言われた。
「ねぇ新羅、刃物とかって置いとかない方がいいのかな?」
「うん?」
俺の突然の問いに、新羅は少し困った様な顔をする。
「やってるのは無意識の澪士だからね。置いてある事を知っていたら多分持ち出すんじゃないかな……普段から見せない事が大切だと思うよ」
「ふぅん」
しかしまぁ、普段澪士が料理する事はないのだが。
「意識的に積み重ねたものは、無意識でも分かる。だから日々の積み重ねが大切なんだよねぇ、臨也」
「……なにか?」
「いいや、別に」
怖じけづいた訳ではない。新羅はそれくらいじゃ怯えない。
ただ勿体ぶる様に足を組み直すだけ。
俺は内心舌打ちをした。
「……あのさ新羅、こんな事いいたくないんだけど」
「何だい?」
澪士は首無しライダーに隣の部屋で相手をしてもらっている。正直ありがたい。
聞かれるという心配もないし、ある意味で『育児ノイローゼ』だったから。
「澪士の為だから、知っている事を全て教えて」
新羅の目が軽く見開かれる。まさかそんな事を言うとは思ってなかったんだろう。
でも残念、俺は澪士の為なら何でもできる。
「……そうだね」
そんなに澪士を想う気持ちがあるならと彼は言う。
「澪士の為だ。それに、澪士を想う事は君を助ける事に繋がる」
「……?」
「それ」
まさに一石二鳥だね、と言って、新羅は俺の眉間を指さす。
……あぁ、もしかしてまたやっちゃった? 最近多いんだよなぁ、嗚呼。
うっかり眉間にシワなんか入れちゃうと相手が警戒してしまうのに。
「相当疲れてるみたいだね、臨也」
「……澪士には聞かせられないけどね」
「そうやって僕らを頼る様になったのがいい証拠だよ」
それもそうかな、と言って新羅は立ち上がる。どうやらコーヒーをいれるらしかった。
俺は黙って座ったままその後ろ姿を見送り、澪士について考える。
……俺は生涯、彼を護っていく事ができるのだろうか、と。
「不安かい、臨也」
「……なにが」
「彼と暮らすのが」
あぁ、お見通しだ、何で新羅は何でも分かるんだろう。
俺が疲れている事も、助けを欲している事も、澪士の救い方も、澪士の助け方も、俺が求めている事はなにもかも全部。
「僕も怖いよ、自殺中毒者なんて。医者でも治せない、あれは病じゃないから。……でも、澪士の事が好きだから」
向こうから聞こえた声に、俺は目をみはった。
そうだ――俺はここ最近、何を思いながら仕事をしていた?
澪士の笑顔じゃないか。
澪士の笑顔を思い出せば、俺はどんな仕事でも簡単にこなせた。
そうだ、それは、全て、彼の。
澪士の為だった。
「ごめん新羅、俺帰るよ」
「あぁ。……気をつけてね?」
「勿論」
澪士、帰るよと隣室に呼べば、待っていたのかひょこりと飛び出る笑顔。
俺を見た瞬間、その瞬間だけ、最高の笑顔を零してくれる君が愛しくて仕方ない。
「また疲れた時はいつでもおいで。澪士なら1週間でも預かってあげるから」
「預かるって?」
また来い、とPDAの文字が踊った。澪士が優しく手を振り返す。
もう片方を独占した俺は、振り返らずにそのまま歩き続けていた。
「いいんだよ、澪士は知らなくて」
「えー」
君を愛してるって事だよ、という言葉は飲み込んで、俺は額に口付ける。
――あぁ、シズちゃんに会わないといいな、ねぇ、澪士。
真っ赤になっている君の手を引きながら、歩き出した月の夜。