「え――」

 言葉は轟音に飲み込まれる。
 大きなクラクションの音が俺を包んだ。

「―――、」

 ……あ、俺、死ぬのかな。

 妙にゆっくりと、俺はトラックの方を見た。

















 結果から言うと、俺は死んではいなかった。
 トラックに引かれる直前に黒バイクが、俺とトラックの間に入ってきて。
 そのままいけば俺は死んだけれど、そんな俺を助けてくれたのはセルティだった。



[澪士、どうしてあんな所に!]
「……分からない」
[分からない?]

 現場から離れた公園のベンチに、俺達は座っていた。
 向こうは当然凄い騒ぎになった様で、パトカーの音が聞こえる。
 しかしそんな事を気にしていないらしいセルティは、俺にPDAを見せて返事を急かした。

「気が付いたら、あそこに居たんだ」

 信号が赤だな、とぼんやりと思った覚えはある。
 ――けれどその後、車道に進入した覚えは、ない。
 いくら自殺未遂を繰り返すからって、そんなあからさまな死に方はごめんだ。

[……臨也の所に帰るか? 送っていくぞ]
「……うん」

 ありがとう、と言って、バイクに跨がったセルティの腰に腕を回す。
 新羅が居たら何て言うだろう、と考えたが、別にセルティに不快そうな様子はないので、俺は考えるのをやめた。



 家の前まで送ってもらい、鍵を回すと、その人は珍しくそこに居た。

「お帰り」

 臨也がパソコンから離れているのは珍しい事で、俺は靴を脱ぐ事も忘れじっとその場に立ち尽くす。

「……どうしたの?」

 そう聞かれるまで我に返らず、俺はただ臨也の黒髪を見つめていた。

「……ただいま」
「お帰り。買い物に行ったんじゃなかったの?」
「……あ……」

 夜に外に出るのは珍しくて、そういうのはたいていやむを得ない時。
 基本的に外に出るのはそんなに好きじゃないから、買い物も大体臨也に任せている。
 ――けど今日は、出掛けたいなという、そういう気分だった。

「そういえば、さっきそこで事故が起こったみたいだけど……」

 巻き込まれたわけじゃないよね? とかって言葉は、俺の耳には入らなかった。

「……澪士?」

 代わりに、俺は臨也を見ながら何かを思う。

「何で、泣いて……?」
「……いざ、」

 や、と言って、俺は臨也に抱き着いた。
 靴のままなのも忘れて。

「俺……俺、死ぬかと思った!」

 ぎゅう、と臨也の服を握り締め、黒い服に鼻を押し付ける。
 いつもなら落ち着く筈のその匂いも、今は逆効果だった。

「死にたいって思ってた筈なのに、トラックが目の前に来たら、いつの間にか死にたくないって思ってて……臨也の事思い出して、それで、」

 ……死にたくないって、思ったよ。
 臨也の手が頬に伸びてきて、その後の言葉は遮られた。

「……ん、」

 触れるだけのキスに、激しさはない。
 けれど、俺を落ち着かせるには十分だった。
 唇を舐める事もない、ただ触れ合わせるだけのキスを十数秒続けただけで、俺の心は落ち着く。

「……ねぇ、臨也」
「ん?」

 ……今、俺の目、赤いのかな。
 臨也の瞳に映してみても分からない。

「俺……今、生きてる?」

 胸に手を当ててみる。
 ――心臓は確かに動いている、でも。
 『生きている』という、確かな証拠が欲しい。

「うん」

 だから死なないで、澪士。
 抱きしめられたまま告げられた言葉は、俺を生きさせるには十分だった。








(……そうだ、あなたがこの世界にいるなら)
(俺は死んだりしないよ)


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