「静雄ーっ!」
「っ!?」
がばりと後ろから抱き着くと、静雄に軽く殴られた。
しかしかなり手加減してくれたのだろう、殆ど痛くない。
「ていうか、何でここに居るんだよ、澪士」
「ん? だって、静雄の殺気を感じたから」
「……危ねぇぞ。離れとけ」
ゆらり、と不良の影が揺れる。どうやら一方的に喧嘩を売られたらしい。
彼らの手には鉄棒、ナイフなど、思い思いの凶器が握られている。
今手が空いており、腰の辺りに俺が纏わり付いている静雄は、圧倒的に不利だ。
「嫌だ。静雄は俺の事護りながらでも戦えるだろ。ハンデだハンデ」
「いやそういう問題じゃ」
「って、そんなことしてる場合じゃねーだろ!」
違う。俺は静雄に護られに来たんじゃない。静雄の喧嘩を止めに来たんだ。
嫌でもその力を使うしかない静雄は、可哀相だ。
そんな言葉で片付けられる程甘くないとは知っているけど、俺は静雄の腰を戒めていた手を解き、走り出す。
「澪士!?」
勿論左手には、彼の手を忘れない。
「はぁ……はぁ……」
「おい……大丈夫か?」
ガラにもなく『全力疾走』。こんなの高校以来だ。
生活上滅多に走る事のない俺は、高校の時と同じで体力がない。
「くっそ……静雄、肩貸せ……」
「は?」
公園のベンチに座る。俺は倒れるように頭の重みを全て預ける。
あそこからここまで走って殆ど息の切れない静雄ならば、こんな重みなど何でもないだろうと思いながら。
「……ノミ蟲の野郎は?」
「あぁ……臨也?」
ゆっくりと問われる言葉に、俺の眉間にもシワが寄せられる。
あぁ何だろう……その言葉にこんなに苛立ちを覚えるのは、初めてかもしれない。
「――今、喧嘩中なんだ」
「はぁ……?」
だから、暫く静雄の家に泊めて、と言った。
すんなりとは言わないが、俺はなかなかスムーズに静雄の家に上がりこむ事ができた。
臨也はこんな器用な事はできないだろうなと思うけれど(もっと最低な方法で上がるんだろうな)、
――そういう事を考える辺り、俺は、臨也から離れられないんだろう。
静雄の差し出したコーヒーを受け取りながら、俺は溜息をつく。
「何があったんだ」
「……いや……静雄、コーヒー飲むのかって」
「そんな事は聞いてねぇよ」
「だって静雄、コーヒー嫌いだろ?」
苦いものは好きじゃないだろという意味で。
静雄は困った様な、そんな様な表情を浮かべたまま俺の隣に座った。
「……あれ、これ、」
「ココア」
ふ、と笑った。そっか、静雄は甘い方が好きだもんな。
同時に、静雄は俺の為だけにコーヒーを淹れてくれたんだと思うと、何だか心の奥が温かくなった。
――臨也ならそんな事、絶対しな――
「……で? 今回の喧嘩の原因は何だ?」
「……う」
できれば言いたくないなぁ、という気持ちをこめて静雄を見ると、静雄もこっちをじっと見ていた。
目が合っても逸らされない事は珍しい。
「――おやつ」
「は?」
だから観念して、言うしかないなと思い小さく呟いた。
「今日のおやつは……ゼリーにするか、プリンにするか……」
珍しく臨也と意見が合わなかった。
いつも臨也が譲ってくれるので、他人と合わせる事を知らなかった俺は、プリンと主張し続けた。
対する臨也も、ゼリーと言い張ったのである。
「……そうか」
「だって、だって……俺はプリンが好きなんだよっ」
例え1週間、おやつがプリンだったとしても、俺は構わない……。
そう言うと、静雄にあからさまに呆れた様な表情を向けられた。
「……澪士、お前帰れ」
「え? でも」
「でもも何も、もう大して怒ってねぇんだろ?」
――言葉に詰まる。
つまるところ、こんな些細な小競り合いは日常茶飯事なわけで、それは同棲する人なら誰でもお分かりだろう。
……ただ今回は、俺が頑固だっただけ。
もうちょっと譲っていればなぁ、という気持ちがなくはない。
「……ごめんね、静雄。じゃあ俺帰るよ」
「澪士、」
「だから送って」
新宿までね、と笑うと、あぁ? と言われた。
「俺途中で死にそうだ。今日の喧嘩の原因を想って、『俺なんて馬鹿なんだろう』って思って」
「……駅までならな」
「臨也の家まで」
まだ、『俺の家』と言う勇気は無い。
「お願いだよ、静雄」
コーヒーご馳走様、と言ってキッチンに置きに行く。
ちらっと包丁を見て、……どうしようもない気持ちに駆られなかった事は珍しい。
静雄の傍は落ち着くのかな、なんて馬鹿な事を考えた。
「――静雄、やっぱ、」
「分かった。送ってく」
いいよ、という言葉を遮る静雄の声。
今なら自分で帰れそうな気がしたんだけど……それに、コンビニにも寄りたかったし。
けど静雄の優しさが嬉しくて、俺はありがとうと抱き着いた。
「ほら」
「……?」
コンビニで止まる静雄。
ぱっと隣を見る。
「何か買いてぇ物あんだろ? 待っててやっから早くしろよ」
「……! うん!」
――やっぱり優しいよね、静雄は。
何も言わずとも分かってくれる。
飛び出してきた時からのお供、財布を連れて俺は走った。
「……じゃあ次は仲良くしろよ」
「うん」
静雄に頭を撫でられ、凄く嬉しくなる。
「ごめんね静雄。また行くかもしれないけど、その時は、」
「あぁ」
俺とお前の仲だろ? と言われた。
あぁ静雄、優しいなぁ、俺は静雄が大好きだ。多分、臨也の次に。
じゃあまたっと額に軽く触れるだけのキスをすると、俺は『自宅』へ走った。