「……お風呂、怖いんじゃなかったの?」
「五月蝿い。」
小ばかにされているような気がして、俺は噛み付く様に返事する。
「一緒に入ってあげようかと思ったのに、あーあ」
「……っ!」
するりと脇を抜けていく臨也。同じシャンプーの香りがする。
……いつもすましているくせに、臨也は結構抜目ない。
苦労している事は知っていても、意地っ張りな俺の性格はその本性を剥き出しにするだけだ。
「澪士、俺が風呂入ってる間に未遂とかしたら嫌だからね」
「分かってるって」
駄目だ、と言わないところが彼の優しさなんだろうか。分からない。
俺は首を捻ったまま、浴室に向かう臨也の背中を見送った。
――そもそも俺が1人で風呂に入ったのは、臨也が仕事をしていたからだった。
俺が何度呼んでも生返事しかせず、聞いてるのか聞いていないのかすらも分からなくなったので、先に入っていた方がいいかなと思っただけだ。
「……先に入ってるからな、臨也」
「うん」
そんな台詞を、つい先刻かわしたばかりだ。
それをも彼は、忘れたと言うのか。
「……何だかなぁ」
仕事の時は、真剣だ。
息を詰める、惚れ直す、あぁ何て素敵な人なんだろう。
けれど家に帰ってきて点けるパソコンはたいていがチャットだ。
しかも、1人2役やっているような、胡散臭いやつ。
「……止めないからさぁ」
風呂だけは一緒に入ってほしかったな、と小さくここで呟く俺は馬鹿なんだろうか。
元々1人にされるのは好きではないけれど風呂というのは更に別だった。
昔を思い出してしまうようで、怖い。
それは確か俺の『未遂』に関わっているんだったから、臨也は大体俺と風呂に一緒に入ってくれた。
……まぁ、何かある時もあるし、ない時もあるけれど。
「――っと、危ない危ない」
右手にナイフ。いやぁ危なかった。
冷静に止められるのも珍しいから、一体今の俺の精神状態はどんなモンだったんだろうと首を傾げる。
うっすらとはしった左手の筋は――うん、こすればごまかせるだろう。
ナイフを軽く水で洗って拭くと、元の場所に戻しておいた。
「澪士」
「臨也」
臨也の髪の毛は濡れている。……もしかして、心配してくれていたんだろうか。
さりげなく左手を庇う形になりながら、俺は座ったまま臨也を見上げる。
「髪は?」
「あー、うん、それより、」
澪士が心配でさ、と言った臨也が見せたのは、少し疲れた様な笑みだった。
――うわぁ、何してるんだろう、俺。こんなに優しい人を心配させて。
無意識の内にやっている事とはいえ、俺は自分を罰したくなった。
「……澪士、拗ねてたんでしょ?」
「……へ?」
ゆっくりと手を伸ばし、臨也の手が俺の髪に触れる。
……そうだ、俺も髪の毛乾かしてないっけ、臨也と同じだ。
人の事言えないなぁ、と俺は立ち上がってドライヤーをとってくる。
「澪士は普段髪乾かしてから来るのにさ、今日は違ったから珍しいなと思ったんだよね」
「うん」
「俺に、一緒に風呂に入ってほしかったんだ」
ドライヤーを当てる。負けないくらいの大きさで喋る。
指通りのいい髪は嫌いじゃない、むしろ好きだ。
「……嫉妬だよ」
「うん」
知ってる、と言われ若干いらつく。
「ごめんね、澪士」
謝られて俺はドライヤーの電源を切る。
ブラシとドライヤーを臨也の手に押し付けると、俺は背後から臨也に抱き着いた。
――あぁ、この匂いはどきどきする。
同じシャンプーを使っているのに、どうして臨也は臨也の匂いになるんだろう、と思った。