かすれた声


 馬鹿みたいだった。
 昨日遅くまで獣のように喘いで、よがり狂って。
 このまま世界が朽ちても構わないと思う程に果てた。
 彼と1つになれるのがうれしかった。

 でも、だったらこの虚無感は何だろう。
 そんな情熱的な夜の後は、必ず虚しい朝が来る。
 目覚めても愛しい人がそこに居てくれて、まだ優しく抱きしめてくれていたなら。
 本当に満たされたのかなぁ、なんて思う。

「……出掛けよう」

 こんな所に居たら、気が狂いそうになる。
 昨夜の残り香を抱いたこの場所。
 疲弊した身体を持て余したまま1人で居るのはあまりに切ないから。

「池袋になら、誰か居るだろう」

 波江さんに、今日はご飯は要らないからって言っておこう。






 身体を引きずるように歩く。
 化粧のノリはよかった。……感謝しなくてはならない。
 ヒールで歩く足がよろける。

「……あ、」

 どうしたというのだろう。やっぱり足腰が弱ってきてる?
 あんなに激しく揺さ振られれば当然か、と何だか自嘲気味に笑ってみて。
 とりあえずは人目につかない所で休もうと思った。
 暫く入院した後でいきなりヤりまくったから、ガタがきてるのかな。
 ……やっぱり、出掛けるべきじゃなかったかも。

「う……」

 路地で不意に泣けてくる。自分は何をしているのだろうと。
 もうこの場に彼は居ないのに、俺はまだ幻想を信じようとしている。
 ――また、夜まで、彼には会えないのに。
 互いを求めるだけなのに。
 泣けて泣けて仕方ないので、俺は路地の壁にもたれて、涙が流れるに任せた。

「……馬鹿だなぁ、」
「……何がだ?」
「!?」

 見上げる。
 ――どうやら、先客が居たようだった。

「何で……」
「何で泣いてんだよ、イレイン。お前らしくない」
「え……?」

 ぐいと涙を拭われる。

「なんか嫌な事でもあったのか? 俺でいいなら、相談に乗るぞ」
「……何で……」

 今度は手を引かれ、立たされた。
 何て強引な人だろうと考えていると、そのまま表通りに出る。

「! あの……」
「大丈夫だ。手引いてやるから、俯いてろ」

 驚いた。
 一瞬顔を上げたが、まだ涙を流したままだったと思い出す。
 俯いてそっと手を出すと――優しく握られた。

「うちでいいよな?」

 聞いた事もない優しい声音に、ただ頷くと、ゆっくり足を進めていった。

 俺はまた、知らない内に泣いていた。






「お邪魔します」
「……あー」

 初めてだっけか、と彼は言った。
 当然だと俺は頷いた。
 ――あれから随分歩いたのに、涙はいまだ止まらないでいる。

「ごめんなさい……こんな、困らせちゃって」
「いいんだよ。俺のお節介みたいなモンだしな」
「……ごめんなさい」

 謝る内に、悲しくなってきた。
 本当に顔を歪めて泣いてしまいそうだ。

「……謝るなよ」

 適当に座らされ、くしゃりと頭を撫でられる。

「……京平さん」
「ん?」
「そんな……あたし、そんな事されたら、」

 顔を上げた。
 ――今、俺の表情は、とんでもなく酷いものになっているだろう。
 それでも。

「本当に、泣きたく……」
「……泣けばいいだろ」

 その為に連れてきたんだから、と言われ。
 よく分からないけど――もう、最初に泣いていた理由は忘れかけていたけれど。
 そこで大泣きしてしまった。







(嗚呼、お願い)
(どうか嫌いにならないで)



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