この歌にタイトルはいらない


 怪我をした。

 勿論マトモな擦り傷とか、そういう可愛いモノではない。
 至近距離で何度も切り付けられ、浅くはない傷が残った。
 自力で病院には行けず、助けを求める事もできなくて、打ち捨てられていたところを、我が主人に発見された。

 ――臨也でなければ、どうなっていただろう。

 それを考えると恐ろしくて、俺はやはり、主人は偉大だと思ってしまうのだ。






 不自然な程清潔な部屋で、俺自身は何をする事もなく、ただ横たわっている。
 身体が怪我を治す為に働いているんだと思おうとしても、弱った肉体は呆気ない程弱く、俺は指1本すらまともに動かせない状態だった。

「――……、」
「……ねぇ」

 白い世界の中で、異質な黒。
 浮き出るような存在感を放っている彼は、小さく俺に問う。

「その曲、何だっけ」

 指が動かせない程の疲労の中でも唇は歌を紡ぐ。
 俺は鼻唄をやめた。
 ――まさか。
 知ってる筈ないのに。

「聴いた事ある気がするんだけど」
「……うそ、」

 目を開けると、神妙な表情をした臨也がそこに居た。

「聴いた事ある、って?」
「なんか、そんな気がする」
「うそだよ、それ」

 喘ぎ喘ぎ、呼吸を早めながら言葉を紡ぐ。

「……これ、俺の即興だし」

 そんな事かと笑われるかもしれない。
 知らず、何かの唄にメロディーが似てしまったのかもしれない。
 だけれど、臨也はそんな事は言わなかった。

「あぁ、だから聴いた事あると思ったんだ」

 理解し難い事を彼は言う。

「……え?」
「当然だよね」

 臨也は手元の林檎の皮を、床に落とした。
 あまりに自然な音だったから、本当は駄目なのに。

「何言ってんの」
「イレインの考えてる事くらい分かるよ、俺」

 嗚呼、道理で彼と共に居ると心地よいわけだ。
 そうか、身体が欲しているのか、彼を。

「そっか……そう、だね」

 俺に、主人の考えている事は分からない。
 何故なら主人は偉大で、俺なんかが理解しようと思う事さえおこがましいから。
 彼は世界の全てを理解し、把握しようと考えているのかもしれない。
 その一部が、俺なのかも。
 ――分からないけど。

「凄いね……やっぱり、臨也は」
「うん」

 当然でしょ、と笑って、彼は俺の口に林檎を運んだ。
 俺はそれを拒まず、むしろ口を開けて待つ。

 弱った時の特権かな。
 普段、こんなに甘えた事ないのに。

「……嘘でしょ」
「ん?」
「夜」

 不思議と嫌な心地はしないのだ。
 それは、俺が彼を敬愛しているからかもしれない。













(……あれは、別でしょ)
(別なの? ……ふぅん)
(な……何?)





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