復讐は
- この日も池袋をつらつら歩いていると、色んな人に出会った。
危険人物は誰もかれも、俺の友達だ。『表』も『裏』も含め。
まことしやかに流される噂の中で彼らは話題になっている。
最近はダラーズというカラーギャングが台頭してきているらしい、と愛しい主人は言った。
だからさらわれないように気をつけるんだよ、と。
しかし俺が臨也のものだと知れば手を出す者は居ないだろう、と俺は考えている。
……だって、臨也怖いし。
「……あれ」
そんな主人の忠告も聞かぬまま歩き続けていると、路地に見慣れたワゴンを見つける。
――来た。
あの薄暗い道の奥に、隠れた危険人物が潜んでいるかもしれない。
スカートの奥が熱くなり、俺はヒールを運ぶ速度を早めた。
「――やっぱり」
あくまで、艶を帯びた、女のそれで。
路地には、1人の黒い男。
「今日は、京平さん。今日はお仕事ですかぁ?」
「……お前、」
――そんな言い方をされたら、忘れられてしまったのかと思う。
紅を引いた唇をしならせ、笑う。
「忘れちゃったわけじゃないですよねぇ? あたしあなたの事、殺したくてたまらなかったんですから」
臨也はまだ、それほどまで注目はしていない。
けれど俺は静雄より、こちらの方が余程癪にさわった。
……勿論、これは俺の私的な行動で、いつ大切な主人に注意されるかは分からない。
だけど。
「……成程。だとしたら、最近尾けてきていたのはお前か」
「あら、何の事かしら?」
にっこり笑う。
右の太腿に装着したホルダーを、スカートの上から触って確かめた。
「京平さん、今、少しお時間あるかしら? 少しでいいの、話したいだけだから」
「……話すだけと言いながら、ナイフを出そうとしてるのは何でだろうな」
「ふふ、さぁ、何故でしょう?」
この、門田京平という男は、油断ならない男だった。
場合によっては――いや、俺にとっては平和島静雄より警戒すべき対象である。
何がそうさせているのかは分からない。本能的なものだ。
「あたし、あなたに死んでほしいんです」
「……何で」
「だって、あなたは近い将来、あたしのご主人様に害を及ぼしそうなんですもの」
あくまで艶やかに笑ってみせる。
「あたしにとって、ご主人様は全てですから。例えご主人様が見逃せと言われても、あたし、あなたを逃がしたりしないわ」
「……主人の命令には素直に従えよ犬」
「場合によるわ」
じり。距離が少しずつ動く。
――少しでも、逃げたい、という気持ちを出してしまえば終わりだ。
実際、いつまでもこんな男と対峙していたくはないんだけど。
「……あたしの話は、これで終わりです」
彼は小さく頷いた。
「だったら、さっさと行け」
「……へ?」
「見逃してやるよ」
ぱち。目をしばたたかせた。
しかし彼は確かにそう言ったらしく、それ以上動く気配は見せない。
――どういう事だろうか。
逃がすという言葉は罠かそれとも?
「ほら、早く行けよ」
「え、でも、」
「誘拐されたいなら別だが」
そんなわけはないので、ぶんぶんと首を横に振って、一目散に逃げ出した。
間抜けな姿に違いない……敵前逃亡だなんて。
ご主人様にバレない事を祈る。
「……でも、意味分かんない」
女の子らしく呟いてみたが、本当にここ池袋は、意味の分からない事だらけだ。
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