ワタシとキミは、
- 「あー……怠」
そう呟いてみるのさえ辛くて、ベッドサイドにある水のペットボトルに手を伸ばす。
一応喉を潤してみたものの声はやはり枯れたままで、昨夜の後遺症だと知った。
「今日の仕事無理かも……」
もう一度ベッドに倒れ込む。流石に何度も寝ていれば、慣れたベッドだ。
初めは汚す事を恐れ、満足に眠れやしなかったが、今となってはそんな面影も無くて。
「お早う、イレイン。調子はどう?」
「……まぁまぁかな」
部屋の扉が開いて、目を上げてみると、俺をこんな風にした張本人が立っていた。
わざとらしく咳ばらいをしてみたものの、彼は綺麗すぎる笑顔を全く崩さない。
昨夜とは大違いだ。
「その声じゃあ、今日の仕事は無理そうだね」
「全くだ……男娼としてなら、行ってあげないでもないけど」
「そんな声の枯れた男娼が誰を引っ掛けられるのさ」
行為の後だと思ったら興奮する人居るかも、と言うと、馬鹿と言われ笑いながら叩かれた。
「仕事、ある?」
「あるよ」
「違う。俺じゃなきゃできないやつ」
目が鋭く細められる。
「――ないよ。今のところはね」
イレインは休んでたら、と言われ布団を半ば強引にかぶせられた。
暫くもがいていると笑い声が聞こえる。この状況を楽しむなんて、どれだけサディスティックなのだろう。
寒いので布団を軽く巻き付けたまま彼を見た。
「俺は行ってくるからね」
「……ご飯とかは」
「波江が来るって」
――適当だ。毎度の事ながら。
いつも押し付けられる彼女も可哀相だなと思いながら、彼の背中を目だけで見送る。
「……波江さんが聞いたら家政婦じゃない、とかって言いそうだな」
はぁと溜息をつきながら、未だに疲労の抜け切らない身体は、眠りへと落ちていった。
イレインだなんて大層な名前だ。
勿論本名ではないのだけれど、生まれて初めて預かったその詞を、俺は既に忘れている。
物心ついた時から知らなかったから、新たな名前を貰う事に、違和感は覚えなかった。
どうして俺は、彼を好きなのだろう。
彼は何故優しくしてくれるの?
互いを助け、いや――助けられているばかりなのに。
彼が俺を傍に置いてくれているのには何か訳があるんだろうか。
聡明な人だから。
時に理性を捨てる事があっても、赤い瞳は強い光を湛えているから。
俺が好きになったのは何故だろう。
ただ、庇護してくれる彼が好きだったのかもしれない。
目覚めると昼頃だった。
何時間寝たのかは分からないが、朝の倦怠感は随分取れているように思う。
小さく伸びをすると、全身の筋肉が強張っていたのが分かった。
「もう、ほんと……ダーリンが酷い事し過ぎなんだよ」
本人が聞いていないのをいい事に勝手な事を言ってみる。
軋む腰を庇いながら、ベッドからそっと足を下ろした。
「……昼ご飯食べてから、遊びに行こうかな」
池袋は楽しい。スリルに富んだ場所だ。
あそこには出会えば途端に戦争を始めだす人達、黒バイクに跨がった首無しライダー、カラーギャングとか、闇医者まで居る。
捜せばもっと悪い人は居るんだろうけど、これらは全て俺の知り合いだ。
少し、ファンタジーじみていなくもない。
「楽しみだなぁ、池袋」
彼のクローゼットから幾つも服を取り出し、着替え易そうな物を着て行く事にした。
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