other
蒼穹へと堕ちていく(カイン)
最後の戦いだった。
そうしてもう、それ以上、俺たちを脅かすものはなくなった筈だった。
「なぁ、カイン」
「何だ」
鏡の前に立ち、慌ただしく鎧を身につけるカインに問う。
「何で平和になった筈なのに、カインはまだ竜騎士やってるんだ? それに、戦争が起きるわけじゃあるまいし、そんな慌てて」
「いや、起こるかもしれない」
「……え?」
カインは鏡に映った俺を見る。
長い金髪は、未だそのままで。
「ミシディアの動きが不穏だと、国王陛下がおっしゃる」
「え……ま、待て、カイン」
「それが国王陛下を悩ませる事柄ならば、俺は全力でそれを排除する」
ぶるりと身体が震える。一瞬、正気だろうかと思った。
だってミシディアには、あの長い旅を一緒にくぐり抜けてきた双子がいる。まだ、年端もいかないような幼い子供たちが。
ミシディアには魔法使いがたくさんいる。魔法の国だから。
それくらい、俺は知っていた。
「ちょっ……と、考えろよ、カイン! ミシディアって……また、リディアみたいな子を生むかもしれないんだぞ!? あいつは、あいつはお前に、そんなことを……!」
「幻獣界との兼ね合いもある。バロンは今や一の軍事国家となったんだ、立ち止まるわけにはいくまい」
カインが離れていく。俺が触れていた手を振り払って。
どうあっても行くつもりなのだということは分かった。
しかし、それが本当に最善の選択なのだとは、俺は思わなかった。
「……なぁ……話したよな? カイン。俺もミシディアの生まれだって」
「……あぁ」
「内戦で孤児になったってことも言った筈だ」
俺が生まれた頃のミシディアは、実はあまり知られていないことだが、治安がよくなかった。
俺が生まれてすぐに両親は死に、俺は長老に育てられたのだ。
あの双子を、実の兄弟のように思いながら育った。
「だから……俺は、」
「だからこそだ」
「え?」
いつの間にかカインの髪は1つにまとめられ、兜の中にしまわれていた。
表情は見えない。俺に背を向けているせいもある。
「お前にとって、ミシディアは特別だろう。どうあっても、バロンはお前の故郷にはなれない。だから俺は、お前とミシディアを守ろうと思った」
「それって……どういう?」
「バロンがミシディアに侵攻すれば、両国ともただではすむまい。しかし、最終的にはバロンの勝利に終わるだろう。だから、バロンを動かさないのが最上の策だ」
「……まさか……」
カインは、囮になろうというのだ。
自らがミシディアに行き、何事もないのだと証明するために。
「ミシディアは……今も内戦中だって、知ってるだろ、カイン」
「あぁ。しかし世界にとっても、戦争が起きるのはいい事ではない」
「けど……!」
「それに」
振り返ったカインの口元が、微かに笑むのを俺は見た。
「ミシディア出身のお前を、国王陛下は疑っていらっしゃる。俺がミシディアに行って平和だと証明することができれば、陛下はお前への嫌疑も払われるとおっしゃった」
(あぁ、そうか、結局)
(彼を愛するがゆえ)
(枷になっていたのは俺だったのだ)
忠義厚いカイン。
現在の国王陛下はセシルだから、「もう二度と裏切らない」とか思っている筈。
恋人を大事にしたい、という思いとの間で板挟みかもしれない。
←