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混沌と光彩の狭間に漂う(鰐)

「はい、プレゼント」

 そう言ってバナナワニを引きずってやってきた俺を見て、クロコダイルは表情を歪ませる。
 彼は常に愉悦を表している人ではない、むしろ不機嫌を具現化したようなひとだ。
 どんな事をしてやっても、彼の笑顔というのはあまり見られるものではない。

「レイシ……テメェ、こいつをどこで」
「ん、あぁ、こいつ可愛いでしょ。そこら辺歩いてたの、小さいから大丈夫かなって思って、捕まえたんだ」

 怯えたようなバナナワニの頭を撫でてやる。この時点で大分大きいワニだ。
 成体になるまであと何年かかるかな?

「こいつの親は」
「知らない。なんか襲い掛かってきた奴らは全部殺しちゃったけど」

 まぁ例え親が居たとして、今から育てても、まだ懐くまでには間に合うだろう。
 愛情で足りずとも、恐怖にて制圧すればいいだけだ。

「何で連れてきた」
「だから、クロの誕生日だし。俺孝行ものでしょ、なんかご褒美頂戴よ、ねぇ」

 クロコダイルが手を伸ばしてきたから、俺は手綱を渡してやった。
 ワニは即座にクロコダイルの傍に寄る。……そんなに俺が怖いかなぁ。
 それとも“ワニ”同士、既に仲良くなっただけだろうか。

「人の誕生日に勝手にプレゼントを持ってきて、褒美をねだるとはいい度胸だな」
「そんなことないよっクロが笑ってくれるなら、それだけで十分だと思ったんだけど……」

 それ以上は言えず、口をつぐんだ。

「――まぁいいや。お誕生日おめでとう、クロ」
「……レイシ」
「そうそう、俺、暫くアラバスタから離れるから」

 俺がそう言うと、一瞬だけクロコダイルの表情が動いた気がした。
 普段の不機嫌そうな、無表情の中に見える表情。

「ちょっとね、急用ができたわけでさ。すぐに片付く仕事ってわけでもないから……その間、少しだけ、クロコダイルにお願いしたいわけね」
「……どういう意味だ」
「そのまんまの意味だよ。大丈夫、クロならできるよ、きっと」

 にっこり笑って肩を叩くと、俺はそのまま扉の方に向かって行く。
 いつまでもこんな毛足の長い絨毯の上に居たら、きっと俺は行きたくなくなってしまうだろう。
 今はただ、彼の幻想を振り捨て、進むことだけを考えて。

「じゃあクロ、後はよろしくな」

 扉を押して、廊下へ出る。






 10年くらい経って、久々に戻ってきたとき、確かこんな場所ではなかったと俺は一番に考えた。
 砂漠の真ん中に黄金のワニの頭、その中に入っていく金持ちの姿。
 あんな悪趣味な物を、こんな場所に建設するのは――たった1人しか居ない。

「――随分変わったな、ここらも」

 砂漠特有の不便さは、一般の人たちに対しても解決したのだろうか?



「久しぶりだね、クロ」
「――レイシか」
「一応“VIP”の方辿ってきたんだけど、合ってたかな?」

 広い部屋の中央に、たった1人で佇む人。
 寂しくないのと聞きたかったが、ガラス張りの窓の向こうにバナナワニの尻尾が見えて、俺は何だか安心した。

「テメェはいきなりだな」
「前以て知らせた方がよかった? 一応、誕生日はサプライズって決まってるんだと思ってたけど」

 にっこり笑って俺は指を鳴らす。
 するとガラス張りの向こうに、更に一匹ワニが見えた。

「――テメェはバナナワニが好きなのか」
「まさか。クロが好きそうだったから連れてきただけ」

 ここが地下で、周りが水槽だなんて一体どんな趣味だ。きっとバナナワニを好きに決まってる、そうじゃなきゃこんな造りにした説明がつかない。
 彼は相変わらず渋い表情をしたままだった。俺との再会をそこまで喜んではいないのかもしれない。

「誕生日おめでとう、クロ。こんな風に面と向かって言えるのなんて、一体いつ以来だろうね」

 10年くらい、と言ったが女々しくも俺は数えていた。
 今日でちょうど8年。
 10年にはならない。――でも、すごく長い日々だった。

「今まで何してた」
「あ? 何って――仕事って言っただろ」
「アラバスタから出るような、しかも長期の仕事が、お前に回ってくるとは思えねェんだが?」
「……、」

 ――あぁ、そうか、何だ。
 彼は分かっていたのか。

「やっぱバレるかぁ……もうちょい、騙せるかと思ってたんだけどな。いつ気付いた?」
「テメェがアラバスタを離れると言ったときだ」
「それ大分初期じゃん。そんなわけないだろ? あの頃のクロはもうちょい純粋だったと思うんだけど」
「テメェと一緒にすんじゃねぇ」

 ……まるで、俺が“純粋”かのような口振り……。

「おれを試そうとはいい度胸だな、レイシ」
「――ッ!」

 あー……。
 確実にバレてるし、しかも怒ってる。
 どうしよう。

「で……でも、俺が帰ってくるまで待っててくれたんだな、クロ! ほんと優しい!」
「何寝ぼけた事言ってやがんだ。テメェが刺客を全部殺すせいで居場所が分からなかったんだ」

 不機嫌がピークに達しているようだ。もしかして言葉の選択を誤ったのだろうか。
 いや、そういや彼は、元々こういう性格だった――自分が一番上に立っていると信じてやまない人。
 彼に出会って一目惚れした俺は、傍に居てその自信をいつまでも持たせてやりたいと思ったんだった。

「あー……あの、あれに関しては、俺何も悪くないよ。ずっと俺の周りうろうろしてたから、ウザくて……」
「それが刺客だろ。……まぁ、テメェに悟られるくらいなら、そいつらもまだまだだってことだな」

 あのー……この俺が気付かない奴ってどんだけ凄いんだよ。
 俺は、俺自身に関係することなら、かなり遠くても感覚的に分かる能力がある。
 ……まぁ、能力って言っても先天的なものだしな。完全ではない。

「と……とにかく! 久々に砂漠を歩いて俺は疲れてるんだ! 部屋か何か、用意してくれると有り難いんだけど……」
「偉そうだな」
「一応俺が“社長”だからね!」

 まぁ……暫く見ない間に、俺の趣味は跡形もなく消え去ってたけどね……。

「それよりもレイシ、今日が何の日か分かってんだろ?」
「え? あー……」
「7年分。テメェが手紙を送るだけで済ませてきた分を、今ここで返してもらう」

 彼から逃げられる筈がない。――だって“砂”だし。
 これはもう、展開的に諦めるしかないのかなぁ、と思った瞬間だった。

「あれ……今、7年分って言った?」

 彼はもう何も言わない。しかし表情からして間違いはないようだ。
 まさか、まさか――いや、だって。

「クロも……数えてた?」

 そう言った瞬間、いきなり抱き寄せられる。――ちょ、待て、その展開は早過ぎる。
 俺たちはまだあの時、何も知らなかったのに。

「テメェがどう成長したのか、おれに教えてみろ」

 ――結局俺はこの人から解放はされず、いつまでも一緒にいる運命なんですね、分かります。
 むしろ上等です。










OP誕生日企画に提出しようと思ったがタイトルと似なさすぎて没。
勿体ないからこっちに収納。
社長は2番目に好きです。



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