other

硝子の床の上に立つ(魔王)

 どうしても近付けない人が居る。
 手を伸ばして、叫ぶのに、彼はずっと遠くに居る。
 こちらを一瞬も見る事なく、誰も近付けさせなかった。
 さながら彼は、「硝子の床」に立っているようで。






「死んでないよ」

 俺には確信がある。
 もう幾人も命を絶ったその崖で、俺は俺に背を向ける人に言う。

「自信がある」
「……根拠もなしに」
「だって、彼は死なない」

 いや――確かに、見たのだ。彼が死ぬところを。
 けれど彼はきっと戻ってくるだろう。いや、絶対に。

「……あんたは怒る?」
「「怒る」? ……何故」
「無責任に、彼が戻ってくるって言ってる俺に」

 そう言うと、魔王は漸く振り向く。

「いや……何故そう思う」
「何故って……あんた、機嫌が悪そうに見える」
「は?」
「あの人は、あんたが倒したかったんじゃないのか」

 魔王は訝げに眉をひそめる。

「そんな事をいつ、誰が言った」
「……え?」

 違うの? なんか、言ってた気がするんだけどなぁ……。世界が崩壊する前に。
 俺は首を捻って次の言葉を継ぐ。

「まぁ……じゃあ、いいや。なぁ」
「今度は何だ」
「――俺、そっち行ってもいい?」

 一瞬、面食らったような顔をされた。

「何だ、いきなり――そっち、とは」
「あんたの隣」
「そんなもの、一々断る必要はないだろう」
「あるよ……あんたなら、尚更」

 普段のお前を見ていると、という心の声が聞こえたので、俺は一応付け加える事にした。

「あんたは、だって今、世界と関係を絶とうとしてるじゃないか」

 確かに、普段の俺ならば、何も言わずに魔王の傍により、抱き着き、押し倒し、好き勝手やっていただろう。……ちょっと言いすぎかもしれないけど。
 魔王の表情は、もう変わらなかった。

「私が例え、今ここでこの海に飛び込み、死んだとしても、いずれはまたこの世界に生まれる」
「……じゃあ俺は、ここで何もしないで、あんたが死ぬのを黙って見ていろ、と?」

 魔王は何も答えない。しかしそんなのは嫌だった。
 希望の見えないこの世界で、唯一見つけた光。1人でシルバードに乗って来た甲斐があった。
 他の誰かと一緒だったら、彼には出会えなかっただろう。――それが、例え、クロノだったとしても。

「なぁ、一緒に行こう、魔王。俺は、まだあんたと一緒に居たいんだ――生きていてほしいんだ」
「生きるために、お前と共に行くことが必要か?」
「必須というわけじゃない。でも……あんたをここに、1人で残しておいたら、死んでしまいそうだから」

 それに、俺の居る所もなかなか楽しいよ? これから、クロノを捜しに行くところなんだ。
 俺が言うと、魔王は答えた。

「――私が行って、何か変わるか?」
「それは、分からない。俺はカエルじゃないし、クロノでもないからね、どんなことを思うか分からない」
「クロノのことではない。お前だ」
「俺?」

 面食らう。……俺のこと?
 魔王が共にいることで、俺が何か変わるのか、と聞かれたのか。

「俺は……そうだな。魔王のこと好きだし、魔王に死んでほしくないと思うから。一緒にいてくれたら、嬉しい、かな……」

 垣間見た記憶を思い返す。……彼は、寂しい少年だったのだ。
 彼にしか懐かない筈の猫は、何故か俺の後についてくることもあったけど、俺は彼も、猫も、そして姉も救ってやることはできなかった。
 だから、今は。

「なぁ、今度こそ俺が、あんたを助けてみせるよ。だから――」
「お前が私を助けるだと?」

 笑わせる、と言ってこっちに歩いてきた魔王に、俺は言葉を失う。

「お前ごときが、私のために何ができる。せいぜい私の前に身を投げ出し、攻撃を防ぐくらいのものではないか?」
「な――いや、そんなことはない……と思う――でも確かに、俺はあんたのために、身を投げ出すことならできるけど」
「ふん。しかし私は、そんなことはさせぬぞ」
「はっ?」

 人気のない崖で、魔王は俺に近付き、唇を重ねてきた。
 何が起きたのだろう――気付いたときにはもう遅く、魔王の闇色の瞳に魅入られ、口内を舌で蹂躙されていたけれども。

「んぅっ……ん、あ、はっ」
「……お前が、私と共に生きたいと言ったのだから、お前は責任を持って生き抜け。ラヴォスが目覚め、真に世界の崩壊が訪れても」
「でも……魔王は、」
「私がそう簡単に死ぬと思うか?」

 とても、そうは思えなかった。
 まだ、甘い痺れが脳髄に残り、思考を緩慢にさせている。

「……魔王……俺と一緒に、生きてくれるの?」
「お前がそこまで言うのなら」

 嬉しい、と一筋涙を流して笑った。
 体重を魔王に預け、顎を持ち上げる力を受け入れる。

 幸せだ――
 こんな風に思ったのは、いつ以来だろう。














(硝子の床は、それ程脆くない)
(怯えていては、何も掴めぬ)

(俺は今日、それを知った)












クロノが死んでから。
崖行くと魔王に会えるよね!あれ、魔王ってクロノ追おうとしてるわけじゃないよね…



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -