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有毒の光矢が降り注ぐ正午(公彦)
今日も砂緒ちゃんが家に来た。
俺はいつもと同じように砂緒ちゃんを迎え、兄貴が来るのを待つ。
――本当は兄貴なんて、来る必要ないんだ。
砂緒ちゃんがまだ好きでなければ。俺には分からないが、兄貴など。
約束を忘れてしまったのと同じように、忘れてしまえばいいのに。
「今日は朔くんに、会えるかな」
砂緒ちゃんの小さな呟きが聞こえて俺の胸は締め付けられた。
「……俺、さ」
夕暮れの公園で、ブランコに乗る公彦が無理矢理声を押し出す。
俺は何も言わずに隣のブランコに乗った。キィと軋む音が束の間の静寂を破る。
「俺……自分のこと、過信してたかもしれない。俺は兄貴と違う、兄貴より俺の方が大人だって」
公彦は相当複雑な心境の筈だった。
時を超えて現れた少年――それは確かに、当時失踪したままの朔くんだった。
小学校を卒業したと認められ、皆は諦めかけていて、なのに突然現れた。
そんな朔くんに好奇の目を向ける世間に、公彦も晒されたのだろうけれど、公彦はそっちの方はまるで堪えていないみたいだった。
「……砂緒ちゃんとも、付き合えるかなって思ってたんだ」
俺はゆっくりと隣を見る。……そうか、それで。
見れば服が所々汚れていた。そういうことなのだろう。
「なぁ、澪士」
「何さ」
「……今日、帰りたくない」
そんなことを言いながら、公彦は俺の方を見なかった。わがままを言っているという自覚もあるし、罪悪感もあるのだろう。
俺は溜息をつくとブランコから立ち上がり、公彦の正面に立った。
「公彦」
「ん? 、」
公彦が顔を上げると同時に、俺は腕の中に公彦を包み込む。
身長差があるから、立った俺と座った公彦、これでちょうどいいくらいだった。
俺の胸辺りにある公彦の顔が、驚いた表情になる。
「澪士……?」
「公彦、馬鹿だね。……泣いたっていいのに、不器用なんだからさ」
公彦は泣けないのだ。昔はもっと泣き虫で、親友の俺に何度も頼ってきていたくせに。
朔くんじゃないけれど、いつの間にか抜かされていた。そして泣かなくなっていった。
朔くんが情緒不安定である今、公彦が泣くわけにはいかない、そういうことでもあるのだろう。
「俺は……別に、そんなんじゃ、」
「せめて俺の前でくらいさ、本音見せてよ」
ぱっと公彦を解放してやると、案の定微妙な表情をしていた。
「今日、うち泊まってく?」
「……え、」
「だって家、帰りたくないんだろ?」
公彦は迷っているように見えた。……とか言って、きっと本当はもう怖じ気づいているのだろう。
もしくは、心配させたくないとか。公彦は優しいから。
「……行っても、いいのか?」
「勿論」
一人暮らしだし、泊まるのも自由だと言うと、公彦は漸く笑った。
公彦も立ち上がる。
「行くか、公彦」
「あぁ」
話は、家に帰ってからゆっくりと聞こうと思った。
が。
「……公彦、砂緒ちゃんのこと、好きだったんだ」
砂緒ちゃんという女の子の存在は、公彦経由で知っている。
実際見たこともないけれど、朔くんの彼女だとは聞いていた。
「横恋慕じゃん」
「いや……兄貴がいなくなってからだよ、好きだって気づいたのは。あと、兄貴が戻ってきてから、毎日会いに来るのがすごく羨ましいなって思った」
「……ふぅん」
所詮、小学生の指切りだ。今の俺はそんな風に思うけれど、続く恋もあるらしい。
高校生でもそんな恋は滅多に芽生えない。上辺だけ見る現代は、特に。
「でも公彦、サッカーやってるならモテるんじゃない? 失礼だけど……砂緒ちゃんより可愛い子とか、いい子だって」
「そうかもしれないけどさ。俺は砂緒ちゃんが好き……だったんだ」
躊躇いがちに過去形にする公彦。きっとつらいのだろう。
何であれ、公彦は朔くんに敗れ、砂緒ちゃんを特別とする関係にはなれなかったのだ。
「……なぁ、公彦」
俺は歩みを止めずに呼び掛ける。
「ん?」
「もしさ……もし、俺が公彦のこと、好きって言ったら、」
後ろから着いてくる足音が消えた。
俺は振り返り、笑ってみせる。
「澪士……それ、」
「冗談だって、公彦。嘘だよ」
泣きそうになった。――嘘なら、こんなことは言えない。言わない。
俺は再び前を向く。目尻から涙が零れそうになって、歩き出した。
惨めだ。この気持ちがバレてしまったなら、俺は惨めだ。
早足で追い掛けてくる足音。
「おい、澪士」
答えられない。声が震えてしまうことが簡単に分かったから。
公彦には申し訳ないと思ったが、俺は早足で家へ向かう。
「澪士ってば――」
「!」
肩を掴まれ、無理矢理歩みを止めさせられた。
何、と言いかけると、横から公彦が覗き込んでくる。
そして――
「……ん、」
触れているのは、唇。
――え、誰の?
「……澪士は、さ」
「公彦……?」
「俺と……こういうこと、したかったわけ?」
未だ唇は至近距離にあった。俺は泣きそうなまま公彦を見つめる。
いや、もう本当は、泣いてしまっていたのかもしれなかった。キスのせいで頭が甘く痺れていて、正常な思考ができない。
「公彦、何で……どうして? 俺……冗談だって、言ったのに」
「冗談だったのか? 嫌?」
かすれた声で、違う、と言った。
すると頭を押さえられながら、より深くキスをする。
「う、ん……ッ」
「……これは? 澪士」
「……は……っ」
冗談とは思えなかった。だって、「砂緒が好き“だった”」公彦なのだ。
どちらかといえば、ヤケか。だったら俺には同情票。
「……ヤ、じゃ、ない」
でも俺には拒むことができなかった。瞳を覗き込めるくらいの近距離。
嗚呼、その瞳に、今誰が映ってる? 俺じゃないのは確かでも。
泣きそうになる。砂緒ちゃんか、それとも――
「……じゃあ、これは」
拒めなかった。拒めないのが悔しかった。
深い交わりで舌が絡み合うほど、胸の中の苦しさは大きくなっていく。
でも――それでも俺は、拒むことなんてできやしないのだ。
「はっ……ん、く、」
「……可愛いな、澪士」
「公、彦……今、なんて?」
「……何でもない」
刹那の時を触れ合ったら、別れる時が悲しくなる。
泣きそうになったまま公彦を見つめた。
「公彦……」
「……ごめん」
そんなつもりじゃ、と公彦は言った。俺は無言で頷く。
そうだ、公彦はそんなつもりじゃない。突き放されなかっただけマシと思わねば。
解かれた手は置いていく。再び家までの道のりを、早足で進んでいった。
公彦がどういうつもりであっても、俺が報われるエンディングはない。
公彦は砂緒ちゃんが好きで、……それは朔くんが好きだから。
ずっと傍に居た俺には、入る隙間なんてないのだ。
(有毒な感情は)
(俺の身に破滅をもたらす)
(あるいは)
(一時の夢を見せるのだ)
明るいエンドにしようと思って撃沈。
てかこれ児童文学ry
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