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満ち足りた日々へ(ソードスミス)

「こんにちは」

 スミスはいつものように、炉に向かって剣を打っていた。
 俺が声をかけると、スミスは億劫そうに顔を上げる。額に汗が浮いていた。

「お前か……俺に用がある時は、表で待っていろと言わなかったか?」
「それは、昔聞いた気がするな。でも最近は、ここまで入ってきても何も言わなかったし、てっきり許されたのかと」
「……叱ればいいのか」
「いや、全力で遠慮させていただく」

 俺が苦笑するとスミスは溜息をつき、剣などを置いて立ち上がる。

「……ん? スミス、もう終わり?」
「お前が来たからな、もう終いだ。……遠くから来たのだろう? 茶でも出してやる」
「!」

 無口な男がここまで喋るのは珍しかった。と同時に、優しさを見せることも。
 鍛冶場を出て行くスミスの背中に、俺は少し嬉しくなりながら着いていった。



 俺はこの男を刀鍛冶と呼んでいるが、本名は知らない。
 いや、知る気もないのだが――もう俺たちの関係は、2年になる。
 それでもスミスは俺の名を問わないし、俺もスミスの本名を聞かない。

「――なぁ、スミス」

 何だ、とは聞こえなかった。キッチンに立って振り向きもしない。

「あのさ……スミスはいつも、客の名前覚えてないの?」
「あぁ」
「じゃあ、誰かが特別ってわけじゃないのか」

 であれば。
 こうして茶を出すのも、日常茶飯事というわけで。

「わーい、俺もついに、人並みの扱いかぁ。あ、そうだそれで、名前覚えてなくて平気なのか? 剣引き取りに来る時、困らないのか」
「……いや。長く剣を使っている者であれば、剣と持ち主が引き合うし、それ程長くなければ、これこれの剣の持ち主だがと自分で名乗る」
「あ、そっか」

 素晴らしい。剣と人の信頼関係もそうだが、それを判るスミスも。

「え、じゃあ俺は? 俺と剣は引き合ってる?」
「お前は――別だ」
「え?」

 別って何だよ、と意味が分からず困惑する。
 湯呑みから立ち上がる湯気の向こうに、スミスのあまり変わらない表情が見えた。

「俺は、お前の顔と名前、剣を忘れたことはない――レイシ」









(あ、だから俺が行く度、出来たとか出来てないとか言ってくれるのか、スミス。あれてっきり、皆にやってるのかと)
(……そんな面倒くさいこと、誰がするか)
(え、じゃあ俺は特別ってこと!? わーい!)

(そうしたらそろそろ、俺もスミスの名前、教えてほしいなあ?)



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