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其の冷たい温もりに与る(三成)

「澪士!?」

 襖を勢いよく開けたが、その中には誰も居なかった。
 念のため部屋の中を捜し回ったが、気配が感じられなかったのと同様に、部屋にはいないようだった。

「此処に居ろと言ったのに……一体、何処へ」

 戦局は悪化の一途を辿っていた。
 武士としてあるまじき事をしようとして、部屋に戻ってきたのはいいが、肝腎の彼の姿が無い。
 あまり時間が無いというのに……何処に行ったのだ?

「……まさか、」

 気配の少なくなった城の中で、未だ侵入されていない所といえば。

「あいつ……秀頼様を」

 誤解したのだろう。私の言葉を。
 口下手なのは自覚が有る、それで何度も損をしてきた。
 しかしその度にも、あいつだけは解っていたから。

「……馬鹿なことを」

 気付いてしまった私は、廊下を疾風となって駆け抜けた。



「澪士!」

 襖は既に開いていた。嫌な予感に胸が騒ぐ。
 畳に点々と血が繋がっている。

「澪士……何処だ! 居るなら返事をしろ!」

 敵が居るかもしれないというのに、私はつい声を張り上げてしまう。
 いや、しかし――居たなら斬滅するまでだ。澪士と合流する方が先決なのだ。

「澪士――」
「……三成」
「澪士!?」

 声のした方に目を遣ると、襖を押し開け澪士が走ってくるところだった。

「何故此処に居る」
「だって……俺が、秀頼様を守らなければと……」

 怖かった、と。
 私に抱き着き、澪士はそう小さく漏らした。

「そんな事を私が言ったか? 貴様には、隠れていろと言った筈だ」
「だけど……だけど、俺だって一応、武家の生まれなんだ」
「貴様は特別だ」
「……え?」

 泣き腫らした瞳が私を見上げる。

「秀頼様は」
「俺……俺は、秀頼様を、守りきれ、なかった」
「いい。……あいつは、影武者だ」
「え?」

 私は澪士の手を掴む。
 今は泣いている場合ではない。まだ泣き足りないのなら、後で聞いてやることにする。

「誰が殺しに来た」
「あ……あの、家康、が」
「……家康が?」

 つい立ち止まり、振り返った。

「それで、家康はどうした」
「分からない……秀頼様を斬って、俺は何もできなくて、三成が居ないって分かったら、何処かに行ってしまって」
「……あいつ、」

 真意は読めなかった。しかし、考えることは分からないでもなかった。
 家康はきっと気付いてしまったのだ。

「ならば今の内に行くぞ。来い」
「え……待って、秀頼様は、」
「捨て置け。豊臣は総崩れになるやもしれぬが……貴様が居る限り、復興は可能だ」
「それってどういう、わ、」

 嫌な予感がした。後ろを追ってくる者が居る。
 遅い澪士の手を引き、半ば抱き抱えるようにして、廊下を疾駆した。
 やがて、城の裏に出る。

「跳ぶぞ」
「えっ、跳ぶってどういう、わっ!?」

 城の高い所から飛び下りた。これで撒けるかどうか。
 確か高所が苦手だと言っていた澪士を横抱きにし危なげなく着地する。
 着地した後も、顔を私の肩に埋めたままの澪士は、放っておくことにした。

「――貴様が、豊臣の正当な跡取りだ」
「……え?」
「秀頼は“代わり”に過ぎない。貴様がその才を拓くのを待っていただけのこと」

 豊臣はいずれ衰退すると、私にも分かっていた。
 だからその時の為に、こいつを生かしておかなければと。
 こいつの教育係に任命されたのは私で長い間関わっていると、情が湧いてきたのだった。
 ――いつからか、“跡取り”というより、もっと違う理由で大切に思うようになって。
 だから今、こうして澪士を横抱きにしたまま、地を疾走している。

「待て――それって、どういう事?」
「黙ってろ。……走るぞ」

 今までも走っていたが更に加速する。
 未だ見ぬ地平を目指し――豊臣の復興と、彼の未来を守るために。

 腕の中の温もりをそっと抱き、私は疾り続けた。







(いずれ来る朝日のために)
(私は彼とともに生きよう)







なんか最後の方三成じゃない気がする



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