白と黒と焔の悪魔 | ナノ


「無事に出会えたのか。そうか、よかったな」

 純粋に喜んでくれているイスハークに何と言ったら良いか分からず、俺はつい眦を下げてしまう。

「彼、馬を返すと言って聞かないんです。将軍の大切な馬だろうって」
「はは、そんな事はない。馬ならいくらでもいる」

 それに、と言って、イスハークは馬の首を撫でる。
 馬は心地よさそうに鳴いた。

「お前の怪我が心配だった。……平気か?」
「はい」

 俺が診察を受けている最中ずっと隣に居たのに、今更何を、と思う。
 別に骨折とか、そんな重傷でもないし。

「普通に歩けるってほどじゃないですけど、彼が居るので大丈夫です。……将軍、色々とご迷惑をおかけしました」
「いやだから、それについてはいいと言っただろう。しかし……」
「?」

 こんなに早く、返しに来るとはな。
 イスハークはそう呟いたように聞こえたけれど、はっきりとは聞こえなかったので何も言わない事にした。

「では、イスハーク将軍。本当にありがとうございました」
「あぁ」

 馬から下りようとして、シャイターンに抱き留められた瞬間だった。

「――なぁ、レイシ」
「はい?」

 首を傾げて見ると、イスハークの表情は真剣そのもの。
 何を言い出すんだろう、と中途半端な体勢で見ていた。

「もし……俺たち、その、俺とラミレスのことだが。俺たちが出会ったら……いや、出会ってしまったら、また」

 瞳は真剣に真っ直ぐ射抜いてきているのに、言葉はどこか頼りなげで。
 何を言うか迷っているんじゃなくて、言う事を躊躇っているような。
 そんな感じ。

「……また、俺たちを止めてくれるか?」
「!」

 揺れる瞳。俺は多分、この将軍の表情を一生忘れない。
 そんな気がした。

「はい――私で、よければ」

 だから俺は、出来るだけ自然に笑ってそう答えた。






 ――答えた、つもりだった。

「嗚呼、駄目ダ。完全ニソノツモリダゾ、アイツ」
「何が?」

 夕食の木の実をかじりながら聞く。

「オ前、出来モシナイ約束ヲスルノハドウカト思ウゾ。モウ二度ト会エナイカモシレナイノニ」
「むっ、失礼だな!」

 木の実の端をくわえた状態で俺はびしりと指をさす。

「俺はそう簡単に死ぬつもりはないし、約束だって違えないつもりだぞ! だって彼らを止められるのは、今や俺だけだと思うんだ! ―ん、昼間のことだよな?」
「……人ニ指ヲサスナト習ワナカッタカ?」
「習ってない」

 がりがりと木の実の固い部分、つまり外側をかじっているとシャイターンは大きく溜息をついた。

「アノナァ……我ハ別ニ、オ前ガ死ヌナンテ心配ハシテイナイ。不安ニナラズトモ我ガ居ルノダシ、ソレニ今ヤ人デハナイオ前ハタダデモソウ簡単ニハ死ナナイゾ」
「……そっかぁ……」

 この場合、嬉しいのか嬉しくないのか分からない。

「――ん? じゃあ、シャイターンは何を心配しているわけ?」
「ダカラツマリ、オ前ニモウ一度会イタイトカヌカシタ張本人タチノコトダ」
「……あのねぇ……」

 シャイターンもなかなか性格が悪い。自分の嫌いな人は、徹底的に嬲る性質らしい。
 それは元々か、それとも永い年月の中で捩曲がってしまったのか分からないけれど。

「イスハークとラミレスだよ? この国の将軍だよ? そう簡単に死ぬわけないでしょうが! 俺より生存確率高いと思うよ!」
「人ニ名前ガ知ラレ過ギテイル。ヒッソリ生キテイルオ前ト違ッテ、暗殺サレル可能性トカアルダロウガ。誰モガ憎悪ヲ抱ク可能性モアルノニ」
「憎悪? 何で」
「彼ラハ曰ワバ、自分ノ理由ノ為ニ戦ッテイルヨウナモノダロウ。宗教上ノ理由デ異教徒ヲ殺シテ、ソレガ何デ異教徒ニ恨マレナイ?」
「……あぁ、成る程」

 つまり、シャイターンの言いたい事は、こうだ。

「彼らは英雄だ。しかし、“英雄”であるが故に恨まれるから、俺と再会を望むけど、彼らが殺される事によってその約束は守れない――そう言いたいんだね?」

 シャイターンが頷くのを見ると、俺は小さく溜息をつく。
 そして。

「痛ッ……!? ナ、ニスルンダ、レイシ!」
「馬鹿な事言わないでよね!」

 俺は、シャイターンを、グーで殴った。

「そんな事分かってるよ! あの将軍たちが互いの民に恨まれる存在な事くらい! だからこそ彼らは争ってるんでしょうが!」

 “聖戦”。
 宗教同士の争いを、人はのちに呼ぶだろう。

「憎悪が怖くては戦場に出られない。彼らは覚悟してる。あの人たちには帰る場所が必要なんだよ……分かる? 愛する祖国が滅ぼされても、尚心に浮かぶような場所が……」
「レイシ、オ前――」
「だから俺は、また争いが起こりそうだったら止めるよ!」

 それは、約束したという理由もある。どんな理由であれ、約束を破るのはよくないと思うから。
 でもそれ以上に、それは俺個人の考えだ。

「イスハークは言ってくれた。それは、俺にしか出来ない事なんだって!」

 信じてくれたなら。
 信じるしかないだろう。
 だから俺は、彼らの為に。

「俺はちゃんと、此処に在り続けたいと思うんだ!」

 そう思った。










(――イヤ、アノナ)
(オ前ハイイカモシレナイガ)
(ソレニハ色々ト問題ガ……)



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