白と黒と焔の悪魔 | ナノ
……でも、だとしたら、いざという時には、俺を助けてくれないつもりなのか。
酷いな、シャイターン。自分で突き落としておきながら。
「レイシ、お前は争いが憎いか?」
「……え?」
「人が争い、殺し合うのは嫌か」
イスハークの再度の問いに、俺は迷わず真っ直ぐ頷く。
……もっとも、砂埃が舞う方をじっと見つめている彼には、見えてはいないだろうが。
しかしそれでも、彼も一つ頷いて話を進める。
「俺もな……人が死ぬのは、嫌だ。勿論殺すのも」
「……でも、」
「戦う理由にはならない、と言いたいんだろう?」
だって、それは。
あまりにも矛盾し過ぎているから。
「話し合いで解決するのがいいのか、血で制す方が早いのか。……俺はな、選んでしまった」
やがて、向こうから1頭の馬だけがこちらに走ってくる。
その他、一緒に走ってきていた筈の馬は遠くで見守るように待っていた。
「その娘は一般人だろう……何故こんな所に連れてきた、イスハーク」
「彼女の事を聞いてほしい」
予想通り、臆さずやってきた馬にはラミレスが乗っていた。
いや……俺やっぱり、女だと思われてるんだなぁ。今更。
つい渇いた笑いを漏らしそうになる。
「イスハーク様」
「彼女は薬草を採りにここまで来た。誰の為かは知らぬが……そんな彼女を巻き込んでいいとは、俺は思わない」
「だったら早く逃がすことだ。争いは避けられない」
「あの……私、そうは思いません」
ラミレスは不機嫌そうに俺の方を見る。
「だって。その――どちらの信じる神も違うでしょうが、人間たちが争うなんて、神はお喜びになるでしょうか」
イスハークは沈黙を守る。まるで俺の言いたい事を分かっているようだった。
俺は続ける。
「争う必要はないと思います。手を取り合えばいいだけの話……」
そこまで言ってハと気付いた。
「す、すみません……私、将軍に酷い事言ってしまって、何も知らないのに、」
「……全くだ」
ラミレスの表情は歪んだまま。
しかし――彼は手綱を引くと、馬を方向転換させた。
「ラミレス様……?」
「日を改める。イスハーク将軍、貴殿にも退いていただきたい」
「無論」
ラミレスが行くのを見送ると、イスハークも同じように方向を変える。
俺はずっと同じように乗っていただけだったが。
――少し言い過ぎてしまった気がして、不安になる。
「あの……イスハーク様」
「心配する事はない。正直、ラミレスが退くかどうかは分からなかったのだが――君のお陰だ。ありがとう、レイシ」
至極当然のように名前を呼び、イスハークは俺の方をちらと振り返る。
褐色の狼将――いや、この人本当は、悪い人じゃないんだ。
それを知る代償として右足と、名前を覚えてもらうというのは――少し、高すぎる気もするけれど。
「ところで足の具合はどうだ?」
「……あぁ」
……ちょっと熱をもってきてる気もするんだけど。気のせいだよな?
「大丈夫です。下ろしてくださって結構です」
「……腫れているだろう」
「痛……ッ!?」
触れられた瞬間、予想を上回る痛みに思わず小さな声を上げる。
……いや、上回るっていうか……想像すらしてなかったんだけど。
イスハークは訝しげに眉を上げた。
「やはり痛むのか」
「いえ、あの……ッ、今のは、違うんです」
「どう違うか説明してみろ」
あう。
ひどい。意地悪な人だ。
「だがまぁ、しかし……お前が足をくじいたのは、俺達のせいでもあるだろうしな」
「えっ!? あの――」
「お前がどうしてもと言うなら止めないが、せめて治療だけでも受けていけ」
「ひゃあっ!?」
本日二度め。
馬からいきなり抱き上げられるように下ろされ、所在がなくて不安な俺は、ついイスハークの肩に両手を置いてしまった。
「あ、あのっ、イスハーク様っ」
「やはり馬の方がいいか。少しの間だから辛抱しろ」
いや、そりゃあイスハーク様の方が何倍もいいですけども……って何を言わせるんだ。
心の中でしっかり突っ込みつつも肩に置いた手を離せない。
落とすんじゃないか、なんて思ってるわけじゃないけれども。
「お前がいいと言うのなら、街まで連れて行って治療を施してやりたいが」
「や、そんなお気遣いなく!」
「……だろうな」
そう言うと思った、とイスハークは本当にすぐ近くで溜息をついた。
あれ……この状況って、もしかして“普通”じゃない?
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