白と黒と焔の悪魔 | ナノ


 世界は“聖戦”の時代。
 誰もが自分の信じるものの為に戦い、愛するものの名を呼び散っていく。

 俺はそれを馬鹿だと嘲笑う。
 傍らの悪魔と共に。






「白と黒の将が出会うよ」

 俺の言葉に、シャイターンは面白くなさそうに言う。

「所詮ハ人間ダロウ」
「でも、人間の中では優れた者だと思うよ」

 できれば出会ってほしくない。
 彼らの信じる神は違う。会えば必ず殺し合う。
 あれ程の力を持ちながら、人は何故分かり合えないのだろう。

「彼ラヲ知ッテイルノカ」
「誰だって知ってるよ、噂程度には。……だって、彼らは英雄だよ?」
「……ソンナモノニ何ノ意味ガアル」

 シャイターンは不機嫌そうに言葉を返してくる。

「でもさ。そんな事言っても、どっちかが勝つまで争いは終わらないよ」
「分カッテイル。……ダガ、ソレデハ困ルダロウ」
「うん」

 それは神の望む事だろうか。
 誰の神だろうと、争いを望んでいないのではないか。
 ――最近気付いたそれは、俺の思い違いだろうか。

「はぁ……どうしようね、シャイターン」
「……イイ事ヲ思イ付イタゾ、レイシ」
「え?」

 シャイターンは瞳を輝かせて俺の方を見る。
 こんな表情をするのは多分、久しぶりだ。

「何?」
「オ前ガアノ2人ノ間ニ入ッテイッテ、争イヲ止メルトイウノハドウダ?」
「……は?」

 思わず声が低くなってしまう。

「いや……シャイターン、何言ってるわけ? 俺があそこに? 馬鹿じゃないの?」
「我ハトテモ良イ考エダト思ウゾ?」
「そりゃシャイターンは良いだろうけど……」
「来タゾ!」
「!」

 砂埃を上げて馬が走ってくる。
 こちらは――褐色の狼将、イスハークだ。
 鋭い眼光で、未だ見えざる敵を射抜かんとしている。

「ホラ……今ガチャンスダゾ。エイユーガ2人ニナルト大変ダ」
「だから俺は――ひゃあっ!?」
「行ッテラッシャイ」

 シャイターンに押され、俺は崖から落ちる。
 いや――いや、確かに俺は、死ななくなってはいるけれども!
 シャイターンみたいには飛べないんだってば!

「あああっ!」
「! 何者だ!?」
「ッ!」

 ぶざまに転がり落ちて、茂みで身体のあちこちを引っかく。
 もう――昨日、シャイターンとのゲームに負けて、女の格好なんかさせられたから。
 不意に右足に痛みを覚える。

「……お前は……?」
「あ、あの……私、薬草を採りに行こうとしたら、そこの崖から落ちてしまって」
「薬草?」

 イスハークは訝しげに眉をひそめる。
 俺はこの辺りの地理には詳しくないのだが……周辺には薬草の1つもないのだろうか。
 適当に言ったのだが何とかなればいい。

「薬草は必要なものだろうが……もうじきここは戦が始まる。逃げた方がいい」
「戦……でございますか?」
「あぁ」
「そんな……」

 馬を下りるイスハーク。……近くで見ると、格好いい人なんだな、噂に違わず。
 女の格好をしているので、こうなったら最後まで悪ノリしてやろうと思った。
 睫毛を伏せるようにして、少しだけ俯く。

「……どうした?」
「実は――」

 その瞬間、ラミレスの軍が来るとシャイターンから脳内で言葉を受け取った。
 そんな……そんな馬鹿な。
 流石に戦のさなかで生きられる程俺は頑丈ではあるまい。

「どうした? 大丈夫か?」
「あ、はい……あの、私」
「イスハーク将軍、向こうから軍がやってきます!」
「何ッ!」

 イスハークは腰を浮かしかけたが――俺の居るのを思い出し、じっと俺の方を見てくる。

「……名は?」
「あ、あの……レイシ、と言います」
「レイシ」

 あまり、女に付ける名前とは言い難いが。
 ……察してくれ。頼む。

「立てるか?」
「はい……あっ!」

 未だに座り込んでいた俺を立たせる為か、手を差し出してくるイスハーク。
 英雄に触れられる数少ない機会だと空気を読まず手を重ねたが――ちょっと待て。
 確かに崖から転がり落ちはしたが、落ち方が相当悪かったのか?
 足をくじいていたようで、俺はイスハークの方によろけてしまった。

「っ!」
「大丈夫か? ……足を痛めているのか」
「あ、いえ、平気です!」
「平気ではないだろう」

 イスハークは少し困ったように逡巡した後――俺を、抱き上げた。

「ひゃあっ!?」

 思わず声を上げてしまう。しかしそれは当然の反応だと思う。
 イスハークは全く動じた様子もなく、俺を近くの馬に乗せる。

「あ、あの……?」
「乗っていろ」
「は……はい」

 命令系で言われたのでは、もう大人しくしているしかない。
 馬なんて乗った事がないから、どうするのが適切なのかも分からなかった。手綱は……持つべき?
 しかし逡巡している間に馬はいきなり動く。

「え、ちょ――」

 向かうは砂埃。……つまりはラミレス率いる軍の方。
 馬を引いたのは紛れも無くイスハークで。

「ま、待ってください――」
「どうした、馬が慣れないか」
「いや、馬は慣れませんけど……そうじゃなくて! 何故向こうに……?」
「レイシ、お前を使うようで悪いが……俺に少し考えがある」

 ……そりゃ確かに、使われるだろうなとは思いましたけど。
 元々争いを止める為に来たんだしな……。

「俺たちは争いを望んでいるわけではない」
「……え?」
「全ては神の御心のままに、だ」

 レイシ、と俺の名前を呼んでイスハークは笑う。
 俺がふと崖の上の方を見上げるとそこには既にシャイターンは居なかった。
 機嫌を損ねたかな、なんて思う。



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