白と黒と焔の悪魔 | ナノ


「モウオ前ナンテ知ラナイ!知ラナインダカラナ!」
「や、待ってよシャイターン、そんな拗ねないで!」
「ウルサイ!」

 なんて悪魔だ……。
 拗ねる悪魔なんて、この世に存在したのか。

「いいじゃん、歴史上起こる筈の戦争を止めたんだよ? しかも身体を張って! えらくない?」
「……オ前ノ場合、何カ別ノモノモ失クシテシマッタ気ガスルガ……マァイイ」
「いいの?」

 よくはなかった。むしろ俺的に。
 運命を捩曲げることは罪だと思う。それはもう、この上ないほどの。
 でもお陰で、失われる筈の多くの命が救われたのだ。
 俺がそれを喜ばないでどうする。

「……ン? 待テ今、オ前今何ト言ッタ?」
「ん? 俺えらくない? って。褒めてシャイターン!」
「イヤ、ソノ前」
「え?」

 ……何だっけ。

「身体を張って、とか?」
「ソノ前」

 どれだ。
 その場のノリで放った言葉など、覚えている筈もなく。

「……歴史上起こる筈の、」
「オ前、何故ソンナコトヲ知ッテイル?」

 シャイターンの瞳は、存外鋭かった。
 疑われている? ……まさか、そんな馬鹿な。
 俺とシャイターンはそれなりに長い付き合いで、もう互いのことなんかすっかり解りきっている筈だろうと思ったのに。

「……やっぱり、人は分かり合えないのかな」
「答エロ」
「シャイターン、あのさ」

 面倒だった。疑われることもそうだけど、そんなことに腹を立てることも。
 俺はできるだけ怒りを抑えた声で言う。

「いつものこと思い出してよ。俺が言ったことに、そんな深い意味なんてないよ? 今のだってさ、そのまま放っておけばラミレス軍が一気に攻め入って、城を落とすかもしれなかったじゃん。だから、歴史上起こる戦いかなと思って言ってみたんだけど」
「……本当カ?」
「こんなことで嘘ついてどうすんの」

 それより早く森に連れて帰って、と手を伸ばすと、シャイターンは渋々俺を抱き上げる。
 捻挫した右足首はまだ完治していなかった。さっきだって、ずっと座ったままラミレスと会話していたのだ。
 ひどいよな、ラミレスも。土の上に直に座り込んだ少女すら、踏み越えて行こうとしたんだぞ。
 よく考えたら、もしかするとイスハークの方が優しさはあるのかもしれなかった。

「……俺、付き合うんなら、イスハーク将軍の方がいいなぁ」
「何カ言ッタカ?」
「いや別に」

 やっぱり、優しさって肝要だと思うんだよね。シャイターンだって、実は負けてはいないと思うんだけど、前科があるからな。
 シャイターンはひとっ飛びで森まで戻っていった。






「……歴史上起こる筈の、」

 違和感はあった。確かに、そんなの、未来が見えてる人みたいで。
 いや、むしろ、未来から来た人、が正しいのか。それすら間違っているんだけど。
 だって、今俺がここで止めたってことは、もう未来にそれは起こらないのだろう?

「やっぱやめた……俺にはわかんないや。シャイターンが変なこと言うから、俺まで考えちゃったよ」
「ン? ドウカシタカ?」
「いや、別に」

 夜は既に更け、いつものように、森は静寂に包まれていた。二人きりだった。
 俺の周りに在る世界は、いつだって穏やかなのだ。――将軍たちの生きる世界とは、違う。

「……アノナ、レイシ、昼間ノ話ダガ」
「え? 何?」

 シャイターンは改まった様子でこちらを見つめてくる。
 え、なんか、気恥ずかしいんですけど。何でそんな真剣な顔をするの?

「付キ合ウンナラ、イスハークノ方ガイイトカ言ッテイタヨナ」
「え、あー……うん、なんか、言った記憶もなくはない、な」
「ソレデナ」

 まずいパターンだと俺は予測する。こんなことを言い出したシャイターンは、まともなことを言わないのだ、例により。
 俺は身構える。――案の定、シャイターンが口にしたのはマトモなことではなかった。

「ソノ候補ノ中ニハ、我ハ入ッテイナイノカ?」
「――は?」

 ……残念すぎる、こいつ。



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