体温 久々の人肌に、身体が震えた。 ――そうか、暫く、しず家に来てなかったもんなぁ。 歓喜の震えの正体を知る。 「……ねぇ」 「何だよ?」 「すぐ、帰っちゃう?」 なんだかんだしずは流され、俺と同じベッドで寝ていた。 俺はしずと向かい合うようにしながらそう聞く。 「……居てほしいのか?」 しずに聞き返されるなんて珍しい事だと思った。人の事言えないじゃん。 そう思って顔を上げると――しずは、笑っていた。 「……居てほしいよ」 なら、珍しく素直になってみようか。言葉はするりと零れ出る。 ちなみにそれは、俺自身も思っていない言葉だった。無意識から出たような。 しずも少し驚いた顔をした。 「……最近、何してるんだ?」 「バイト、辞めたよ」 「……そうなのか」 「新聞配達始めたけどね」 接客業は俺には向いていない。人付合いが苦手すぎて、本当に嫌だ。 しずは俺の頭を撫でる。 「大丈夫だ」 「……何が」 「瀬梨が困っても俺が居るし、俺にだって働ける所がある」 俺はじっとしずを見つめた。 ――自虐ではない、のか。 本当に俺の事を想ってくれている。 「……うん」 多分、あんまり危ない仕事をするなと言いたいんだと思う。 「朝ご飯はしずが作ってくれるの?」 俺いっぱい食べるよ、知ってるでしょと言うと、振り返らないままあぁと返された。 ちなみにいくら食べてもすぐにお腹が空き、太る事もない。幸せな体質だったりする。 「しずの作ったご飯なんて久しぶり――ね、チーズ食べててもいい?」 「あぁ」 許可されたので、俺は冷蔵庫からチーズを取り出した。よかった、昨日のままだ。 「……昼ご飯食べたら、しずを送りがてら、池袋行こうかなぁ」 「来るか? 少しなら付き合ってやってもいいけどよ」 「本当!?」 俺はその言葉を待っていたのだ。嬉しくなる。 「ね、これってデートだよね、ねっ、しず!」 「デート!?」 しずは手を滑らせフライパンを落としてしまった。 「今日は楽しかったよ。ありがと」 ゆっくり池袋を見て回った後、結局、家まで送られたのは俺だった。 あまり行かない池袋だから、食料を買い込もうと思ったら、荷物が大変な量になってしまったのだ。 「新しいフライパンも買ったしね……」 「何か言ったか?」 「ん、何でも」 しずから荷物を受け取る。 ……しずは嫌だって言うけど、俺にもそんな力があれば。 バイトの幅が増えるだろう。か弱い人を守れるだろう。 そして今のように、大量に買い物をしても困らないのに。 「ね、しず、『力』って使いようなんだよ」 「……いきなり何だよ?」 しずに怪訝な目を向けられる。 「しずはその力でもう、人を傷付けないでしょ。それでいいんだよ」 「……瀬梨……」 「変な話しちゃった。じゃあねしず!」 納得しない、という表情のしずに手を振り、俺は家の中へ戻る。 ……あぁ、本当、何言ってるんだろう俺。あんな台詞、必要なかったのに。 薄暗い中でぼんやりとソファーに腰掛ける。 ――家ってこんなに、暗かったっけ。 人の温度が消えてしまった事に寂しさを覚えた。 11-1/15 ← |