心が孕む明暗


 今日の灰猫教の集会の場所は、道を歩いていた男があっさりと教えてくれた。
 金を握らせてもいないし、あまり本業を発揮していない気もするのだが……まぁ、いいか。
 あの男も集会に行くのだと思うと刺し殺してやりたくなった。

「それだけ街に灰猫教が溢れてるってことだよね」
「まぁ、そうなんのか? で――ここが会場か」
「そう」

 会場、といっても堂々としたホールなどではない。
 ただの雑居ビルだ。男はここの4階だと言っていた。

「たいしたことなさそうだな」
「当たり前でしょ。ただの宗教だよ? どんなものを想像してたわけ、シズちゃんは」
「うるせぇ」

 さしずめ教会とか、大きな本部とか、そういうものを期待していたのだろう。
 うん、まぁ、それは至極当然な話と言える。

「じゃあ行ってくるから、そこで大人しく待機しててよ」
「分かったから早く行け」

 しっしっと追い払うように手を動かされ、若干苛立ちつつも俺はビルを見上げる。
 ――そうだな、きっと、ここに瀬梨は居るんだろう。
 もう着いているかは分からないけれど。

「助けに行くかな」

 白い馬が居なくても許してね?






 チン、と間抜けな音を立てて開いたエレベーター。
 着いた4階は、予想に反してシンと静まり返っていた。

(これは……ちょっと予想外かもしれない)

 可愛らしい教祖様を一目見ようと男たちが押しかけているのかと思っていた。……違うのか。
 しかし多分、道行く人の好奇の目に晒されていると感じたのは、俺もその中の1人だと思われているからだろう。
 違わないが、腹が立つ。

「それにしても、集会っていうなら、受付くらい置いといても――」

 そう言って、入口らしき扉を押し開けた瞬間だった。
 中からまばゆい程の光、荘厳な音楽が溢れ出し、俺は思わず眉をしかめる。

「――な、」

 そして、中の光景を視認した瞬間、絶句した。

「……瀬梨!」

 こじんまりとした、ただの雑居ビルの中にこれだけの設備が入るとは到底思えなかった。
 明らかに、この為だけに設置されたと思われる大きなステージの上。

 彼は居た。

 華やかなスポットライトを浴び、楽しそうに笑う瀬梨の姿。
 それを見た瞬間、俺は怒りを覚え、そして不覚にも気を失いそうになってしまった。

「何で、瀬梨が」
「はい! 俺はもう、ここには何度も呼んでもらってますけど、いつもケーキとか美味しい物が食べられるので嬉しいです! また呼んでもらってありがとうございます!」

 マイクの反響。笑い声。
 彼が、心底嬉しそうに話す意味が分からない。
 俺は困惑しながらも、人込みをかきわけ、彼に近づこうとする。
 あらかじめ開いてあった携帯の画面を操作しながら。

「皆さん今日は楽しみましょう、あ、途中で俺は帰るんですけどね。何でって、心配してくれてる人が居るからですよー! 俺には幸運の女神さまがついてますから、心配してくれる人が、2人も居るんです!」

 それは、明らかに俺たちのことだった。俺が居ることに気付いていないのだろう。
 どうせだったら、本音を聞いてみたかった。彼が普段、口にすることのないそれを。
 俺はメールを送信してから、瀬梨にぎりぎり見えないであろう位置で立ち止まり、人の波に紛れた。

「あ、俺の話、聞いてくれるんですか? んー、ここ来たら、いっつも美味しいもの食べれるし、話も聞いてもらえるしで嬉しいですね。俺、こんないいことばっかりでいいんですか?」

 瀬梨の明るい笑い声。
 それはどうしようもなく周りを魅了し、場の雰囲気を明るくする。

「俺はですね、今まで人を愛することもなかったし、愛されることもなかったんです。いや、愛される資格なんて無いんです、本当は。だって、俺がこんな所で話をするのだって、本当は有り得ないと思ってるんですから」

 声音は明るいのに、言葉から滲み出る空気は暗い。
 心臓が冷えるような、掴まれるような思いがした。
 ――自分を愛すなんて馬鹿だと、彼は笑って言ったが、その理由は聞いたことがなかった。

「あんまり話したくないんだけど……この際、話しちゃおうかな。いつまでもうちに溜め込み過ぎるのも良くないって言うし」

 不意に、周りの喧騒が掻き消されたような気がした。
 宗教の集会だというのに、立食パーティーのような形式を取っているから、静まる筈などないのだが。

「俺はね……あんまり、雰囲気壊したくないから、詳しくは言いませんけど、自分の存在をね、否定するような感じで育ってしまったんですよ。家でも学校でも、口癖は「自分なんか」、そんな感じ。……多分、ざっと見る限り、同級生は居ないと思うんですが、居たら恥ずかしいなぁ。俺、引越しを機にイメチェンしたんです、そしたら上手くいって、今みたくなったんです。ちょうど大学生頃かな、ま、大学は行ってないんですけど。あ、ちなみに、今は新宿住んでます、学生時代はずっと池袋でした」

 だから“池袋のラッキーキャット”なのかな、と言う彼に、漸く合点がいった。
 彼が、光と闇の両方を色濃く持っていると思ったのは、そういうわけか。
 俺の知らない、彼の過去。――シズちゃんは、知ってるのかな。
 人の陰から瀬梨を見つめ、そんなことを思った。

「で、そんな感じで俺は、今に至ります。それまでに沢山の出会いがあった。俺は、イメチェンのお陰か、もう人の前で自分を卑下しなくても済むようになったんです。そしてその中で、俺を好きだ、と言ってくれる人も現れました」

 快活な笑い声。やはり俺たちのことを指しているのだろう。

「有り得ないって思いました。俺なんかを好きになってくれる人が居る筈ない。だから最初は拒みました。拒みまくって――少しだけ、可哀相かなとも思います、今では」

 でも、と続ける声。
 何が聞けるだろう――俺たちをやはり、愛しているとかか?
 唾を飲み込んだその瞬間。

「瀬梨!」
「……しず!?」

 ――いいタイミングで、現れやがった。

「臨也ァ!」
「はいはいっと。シズちゃんは、ほら瀬梨連れて」
「な、何で臨也も、」
「瀬梨が心配で仕方なかったからさ、本当に」

 あんまり名前呼ばないで、と瀬梨が困ったように言う。本名がバレるからと。
 ……あ、この光景、どこかで。
 シズちゃんと共に人の波を掻き分け、ステージに漸くたどり着いた。

「あんまり遅いから、迎えに来ちゃったよ、瀬梨」
「……ごめんなさい。心配、させてたね」
「さぁ、帰ろう。続きは家で聞いてあげる。……ほら、シズちゃん」

 そう言うと、シズちゃんは迷いなく瀬梨を横抱きにした。……ずるい。俺だってしたいのに。
 可愛い瀬梨の顔を間近で見られるなんて。まぁでも今に、またそういう生活が再開するのだろう。楽しみだ。
 ――とりあえず今は、この場を何とかしなければ。
 “池袋の喧嘩人形”、“新宿の情報屋”、自分で言うのもなんだが、犬猿の仲で知られる2人が揃って1人の少年を奪還しに来るなんて、ニュースにならないわけがない。

「なっ、何であの2人が……」
「教祖様と知り合いなのか?」
「あー、はいはい。何でもいいけどさ、とりあえずそこどいてくれる?」

 こんな事してたってバレたらあんたらも困るよね? と。
 ナイフの柄を触りながら、俺は笑う。

「だから、お互い様ってことで。ここは平和的な解決にしたいな。……ねぇ、シズちゃん?」

 言い終わる頃には、エレベーターホールに着いていた。
 瀬梨が、こちらに不安げな視線を送っているのは分かっている――しかし俺は、敢えて何も言わない。
 あくまで罰なのだ、これは。

「……あの、しず、臨也」
「エレベーター着いたよ。先乗って、シズちゃん」
「あぁ」
「……ねぇ、2人とも!」

 大きな声を出してから、自分にはそんな権利が無いと思い出したのか、瀬梨は口をつぐむ。
 それでいい――思って、俺は笑みを浮かべながら言った。

「続きは後で聞いてあげるよ」



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