憧憬、刹那 (――俺の為に) 「俺って本当は、愛されてたわけなんだね」 「……何? 今更」 怪訝そうな顔をされる。 しずは何も言わなかったが、同じように思っているような表情をしていた。 「まさか……瀬梨、信じてなかったわけ。俺あんなに言ったし、俺達って付き合ってると思ったんだけど」 「いや信じてたよ、ちゃんと付き合ってるし」 「だったら俺の言葉を疑ってたってことかよ?」 「だから……」 違うんだけどと言って箸を置く。 「俺をからかってるのかと思った」 「……あんな事させておいて?」 「だから怖いんだって言ったじゃんか」 人を愛する事が馬鹿だ、と言うつもりはない。 その感情自体は多分素晴らしいものであると思うから、馬鹿なのは、俺を愛する人だ。 何で、星の数ほど居る数多の人間の中で、俺なのか。 「あれで嘘だなんて言われたら怖いよ。怖いから……ていうか、本気になった後で、裏切られるのが怖かったから」 臨也の表情が露骨に歪む。 「だって、有り得ないでしょ。俺を好きだなんて」 「……何で」 「根暗でー引きこもりでーこんな人たちと友達でー」 ね、と指折り数えながら笑う。 「だから、あんたらはよっぽど特別だよ」 「……それは否定しねぇけど」 しずは不満をもらした。臨也は何故か嬉しそうな表情。 ……でもさ、だったら何て言えば良いんだよ。 「でもさ、流石にあんな事しといて今更、「本気じゃなかった」はないよな?」 「あんな事って、何」 「だから、……言わせるのか……その、2人して俺をいじめた件」 それは、そう、昨夜の話。 昨夜といえばつい最近。今だって身体全体が怠く感じられる。 嘘だと言うには、あまりにリアル過ぎる。 「そうだ、その事なんだけど」 「……なに?」 若干装ったような表情の臨也に俺は思わず身構える。 「よく瀬梨、普通に歩けるよね」 「……何?」 「だってあれだけ色んな事されてたし、今頃ベッドの上でぐったりしててもおかしくないと思うんだけど」 顔が引き攣る。取りかけた箸を落とす。 しずの表情が露骨に嫌そうなものになった。 「そうさせなかったのはあんたらのせいでしょうが!」 「責任転嫁すんな」 「そもそもあんたらがあんな展開に持ち込まなきゃ、俺はもっと――」 ――“もっと”。 何? 「“もっと”? 何、瀬梨」 もっと、なんだろう。その先の言葉は? 「幸せだった」。――本当に? 「平和だった」。――本気で? 彼らと出会った事を、俺は本当は後悔している……? 「……もっと」 2人の視線が俺に注がれているのが分かる。 まるで――まるで、彼らだけはその正答を知っているかのように。 「もっと……不幸だった」 そう言った瞬間、俺はすとんと落ちた。 今まで、立ち上がっていたのだ。無意識に。 落ち着いて言ったら、気持ちを整理したら、自然と力が抜けた。 しずと臨也は少し難しい顔をしたあと―― ――笑った。 「な! 何で笑うんだよ!」 「お前――本気でそんな事思ってんのか?」 「お、お、思ってる、けど……」 語尾が萎む。それはそれは切ない具合に。 “思ってる”。 俺は確かに、“彼らと出会えて良かった”と思っている。 「さっきと言ってること違うの分かってる? 瀬梨」 「え? 違わないよ――」 裏切られるのが怖いのは、信頼しているから。 最初から距離を置いておけば裏切りなんて行為は成立しない。 「今まで、受け取ってばっかりだったよね……揚句の果てには、逃げたし」 「その事はもう、忘れろよ」 「俺のせいなのに?」 「……こうしてハッピーエンドを迎えつつあるんだから、別にそんな事いいだろ?」 「ぶっ」 しずが真剣な顔でそう言うと、臨也は突然吹き出した。 「何? どうしたの、臨也」 「や、だって、シズちゃんが「ハッピーエンド」とか――言うなんて思わなかったし」 「あ?」 しずの機嫌が急激に下がる。本当に、頼むからそういう事を言わないでほしい。 ――同意できなくはないところも、本当に。 「あぁ、でも、ぴったりだね」 「何が?」 「“幸せな終わり”」 しずの言った事は決して間違いじゃない。俺たちはただ単に幸せで、幸せになりたかっただけだ。 それは多分、これからも変わらない。 だから、例え正解じゃなくとも、少なくとも間違いではないんだ。 「……平和とは程遠いけどね」 「え? 臨也、何か言った?」 「何でもないよ」 朝の光が差し込むこの場所で、俺たちは存在の意味を知る。 例えそれが茨の道で――許されざる道だとしても、歩んでいくしかないのなら。 差し出された2人の手を掴み、俺は歩いていこう。 確かに、自分の足で。 (気付いたなら、話は早い) (俺はただ、気付き) (受け入れれば良いだけだった) ← |