合意…の上?


「……それ、聞いた」

 恥ずかしさを隠す事でいっぱいだった俺は、そんな事しか言えなかった。
 そうだ、昨夜はもう本当に、飽きるくらい沢山聞いた――身体にも、いやという程刻み込まれたし。

 いや余計な事を思い出してしまった。

「でも、言わなきゃ伝わんねぇだろ?」
「そうだけど……」
「お前は俺を置いてったし」

 しかし、それは。
 寝ている振りをする方が悪いんじゃないか。

「帰るぞ」
「……え?」

 突然抱擁を解かれ、次はまた手首を掴まれる。
 痛いと言ったのをちゃんと覚えているのか、今度は優しく掴まれて。
 俺は少しだけ、安堵した。

「……あ、でも」
「あ?」
「臨也……」

 そう言った瞬間に振り返ったしずの目は――とてつもなく怖くて。
 俺はそれ以上その話を続けるのが憚られ、笑ってごまかした。

「えっと。……帰ろうか」
「あぁ」

 臨也――まぁ、俺を置いて行ったカフェを見れば、多分事態を察してくれるだろう。
 というか……察した後の、その後が怖いんだけど。



 とりあえず……まぁいいか。






 何だか派手に言い争っているような声が聞こえて、俺は起きた。
 時計を見ると……しずに連れられて帰ってきた時から、もう3時間も経っている。
 そりゃ臨也が帰ってくるのも当たり前か、とか思いながら身体を起こした。

「でも……俺、寝てたのか」

 寝ぼけている。頭が上手く働いていない。
 ふるふると首を横に振りながら、緩やかな覚醒を待つ。

「はぁ……疲れたのかな」

 最近、色んな事があったから。昨夜は満足に眠れなかったし。
 これが終わったら少し休暇をもらおうか、けどまだあの仕事は終わってないな、とか思いながら部屋を出た。

 すぐそこに2人は居た。

「瀬梨!」
「うわ!?」
「よかったよ、無事で! どこかの誰かさんにさらわれたんでしょ? それによく寝てたみたいだし」
「手前、勝手な事すんなよ!」
「瀬梨の寝顔見たかったけど我慢したよ!」

 全く――色んな情報が一気に流れ込んできて、俺は臨也に抱き着かれたまま立っていた。
 あれ、2人が喧嘩してる。物の破壊を伴わない平和的な感じで。
 そんな芸当ができるなら、始めからすればいいのに、とか思わなくはない。

「あ、の……」
「俺はついさっき帰ってきたとこ。ひどいよね、俺を置いてくなんて……でも、それもこれも全部シズちゃんが悪いんでしょ?」
「ノミ蟲、瀬梨から離れねぇといい加減殺すぞ!」
「抵抗できなかったのは仕方ないよ。シズちゃん化け物だし」
「ちょ、ちょっと……2人とも!」

 しずは臨也を引きはがし、臨也は既にナイフを装備していた。
 さっきまでまだ平和的な喧嘩だったのに……いや待て待て、ここで戦争を始める気か?
 俺は嫌な予感しかしなかったので無理矢理2人の間に入った。

「喧嘩は駄目だって! ていうかそれに、俺まだ何も言ってないし!」

 ――そうなのだ。
 実は俺、告白されてるけど、オーケーしたの臨也だけだし。
 そう思ったのが伝わったのか、しずは苦い表情をし、臨也は嬉しそうな顔をした。

「俺は普通にいいよって言われたもんね……あ、もしかして、シズちゃんは承諾されてないの?」
「……瀬梨」
「じゃあ昨日の行為は、合意の上じゃなかったから――」

 あ、ぁ。駄目だこりゃ。
 しずは臨也の言葉に反応し、家の外に引きずっていく。
 家の中で何もしなかったのが、幸いといえるかどうか――

「いやでも――臨也は乗り気だったから、いいのか」

 それにここ、臨也の家だしね。



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