羞恥心


「臨也が買ってくれるなら何でもいいよ、俺はそれを喜んで着るから」



 ――そんな事を言ったのだが、それはやはり失敗だっただろうか。
 何となく後悔しているのだが、今俺が居るのはカフェ。
 臨也が入って行った服屋とは随分遠い。
 今更行ったところで遅いだろうし――そもそも、一度言った事を曲げる事になる。
 それはどうにも癪だった。

「……しず、何してるかな」

 俺は、家に1人残してきた彼を思う。……別にたいした事ではないのだが。
 池袋に俺の服を買いに行くと決めた時、その時点で寝ていたしずは家に置いて行く事も決定した。
 昨日散々酷い事をしておきながらのうのうと寝やがって、という気持ちも強かったのだが、まあ……要するにデートだよな、そういう事。
 俺にも勿論臨也にも異存はなかったわけで、俺達はこそこそと家から出て来たというわけだった。

「それにしても遅いな、臨也……」

 俺が買ってくるから瀬梨はここで待ってて、とか言って飛び出していったのはもう1時間も前になる。
 流石にもう戻ってきてもいいように思うのだが――そんなに手間取っているのだろうか。
 俺は首を捻る。

「何かあったのかな――ん?」

 ひどい騒音が聞こえた。
 聞き覚えのあるそれは――嫌な予感しかしない。

「まさか……」

 俺が窓の方を見た瞬間だった。

「――っ!」

 ……俺のすぐ隣を、自動販売機が、すごいスピードで突き抜けていった。

「な、なん……」
「……瀬梨。見つけた」
「しず!?」

 どうしてここに居るのだろう。いや、そもそも何故ここが分かった?
 池袋に居るだなんて知らない筈なのに。
 開いた穴からしずは堂々と店内に入ってきて、俺の手を掴んだ。

「ちょ、待って、」
「行くぞ」
「何で!」

 よく分からない。……そもそもこれヤバイんじゃないの。
 こんなんで共犯者と思われても困る。俺は善良な市民なのに。

「ちょっと……放してってば!」

 しかし、しずの腕力に敵う筈もなく。
 俺はそのままずるずると引きずられ、街中に出た。
 周囲の人が、カフェと俺達とを交互に見ながら、遠ざかっていった。

「しず……何で、俺がここに居るって分かったわけ?」

 もう逃れられない事は分かったので、諦めて聞いてみる。

「あ? 聞こえてたからだよ」
「聞こえてたって……」
「お前らの会話、最初から最後まで全部」

 ――顔が一気に青ざめていくのが分かった。

「え、待って、しず……手、痛、」
「何の事だ?」
「ちょ、いたたたたたた」

 手。手がちぎれる。
 俺が「殺す」とかって言ってたところも聞こえていたのだ、きっと――でなければこんなに怒っている筈がない。
 ……もっとも、怒りたいのはむしろこっちの方だけど。

「しず、痛いってば――」

 痛いと言ったのに、その瞬間に腕を引っ張られた。
 酷い、酷い、あんな酷い事したくせに、とか思っていると、強く抱きしめられる。

「え……?」

 ある程度手加減しているのだろう事は分かった。さっきよりは痛くない。

「俺は、お前が好きだ」

 身体をよじる。――恥ずかしい。
 けれどそんな事で解放される筈もなく、俺はたっぷり羞恥の時間を味わった。
 人通りの多いこの街で。



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