記念すべき品


「あんたら……ねぇ、本当に……馬鹿じゃないの?」

 ベッドに寝ていた2人をたたき起こす。
 待て、確かに今は6時で、ちょっと早めな時間かもしれない。
 昨夜に激しい運動をした事を忘れたわけではないから、多分疲労はあると思う。

 ――だが。

 だがしかし。

「俺の方が起きるの早いってどういう事だよ!?」

 言っておくが、昨夜のような状況は初めてだ。
 そもそもそんな恥ずかしい事を好きこのんでやる奴なんていないだろうし、……初めてだから。
 初めてがこれとか、俺はもう少し人付合いを考えるべきだったと今更になって思った。

「おい起きろ! 寛大な俺が朝食まで作ってやったぞ!」
「……んー」
「起きて早く俺の世話を焼け!」

 もう、馬鹿。物凄く間抜け。何で俺こんな事してるんだろう。

 ――昨夜、当然の事ながら早々に意識を手放した俺。
 俺がぎりぎり意識を保っていられた辺りでも既に身体はどろどろでとてつもなく汗をかいていてこりゃ朝起きたら酷いだろうな、とか考えていたのだが。
 その白濁やら何やらがすっかり流され、引っ掻き傷なども手当てされている辺り――

 ……いや、やめとこう。
 何かこれ以上考えたら、俺のプライドに関わる気がする。

「……おはよ、瀬梨」
「!」

 呼ばれてぱっと顔を上げると、眠たそうではあったが、臨也は一応覚醒していた。
 その臨也の隣で――壁側で、しずはまだ寝ている。

「……あ、瀬梨、まだそれ着てたんだ」
「え? それって……これ?」
「うん」

 いやだって、これしかなかったし最初から着てたし誰も起きてないし。
 別にいいかと思った、とともすれば言い訳にも聞こえる言葉を並べる。

「でもさ、裸にワイシャツとか、誘ってるようにしか見えないよ?」
「……じゃあ、俺の服頂戴」
「それは無理かなぁ」

 だって昨日の服、シズちゃんが破いちゃったし。

「――殺す」
「あは、俺は別に殺っちゃっても構わないけど、瀬梨にシズちゃんを殺せるわけなくない?」
「殺すってのー!」

 ……昨日の服は、気に入ってたんだ。上下とも。
 そのどちらも残っていないとなると……何だか泣きそうだ。

「服なんていくらでも買ってあげるよ。……そうだ、今日行こっか」
「……でも、それじゃ」

 意味がない。
 あの服は、俺にとってはすごく大きな意味を持っていたのに。
 例え同じ物があったとしても。

「……瀬梨は、いい子だね」
「えっ!?」

 不意に頭を撫でられ驚く。

「あれは、俺が初めて瀬梨に買ってあげた服だもんね」
「!」
「忘れるわけないでしょ?」

 柔らかく、柔らかく。
 昨夜の情熱の残り香もない具合に臨也はただ撫でてくる。
 ただ触れるだけの事が――こんなに気持ちいいだなんて、それ以上に進むまで考えた事なかった。
 ……別に、だからといって2人のお陰だとか言うつもりはないけど。

「臨也……」
「だから、大丈夫。俺が覚えてるから。新しいの買ってあげる」

 優しく微笑んで、抱きしめられた。
 座る場所に高さの差があり不自然な形になるものの、俺はそれで満足だった。
 ――寧ろ、泣きそうだった。

「……うん」

 こんな思い出に縋るなんて馬鹿らしい、と心のどこかで思う。
 今までそんな事を大切にした事なんてないのに。
 しずとさえ記念品を交わした事はなかった。

「ありがとう」

 臨也に抱かれて、俺は涙声で。
 馬鹿だな、と思ったけれど、不思議と後悔はなかった。



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