軋、軋


 ……そうか。
 俺達は変わってしまった。
 思えば、しずが俺に「好き」だと言った事すらおかしかったんだ。
 もっと早くから、歯車は狂っていた。



「……ねぇ、臨也」
「ん?」
「俺が、悪いんじゃ……ないんだね」



 手を伸ばしたら。
 今にも届きそうなのに。
 すりぬけていくのは何故だろう……?
 もう、愛想尽かしちゃった?



「馬鹿だなぁ、瀬梨は……本当、馬鹿だよ」



 ただの“仲間”だと思ってたのは俺だけだったって事?
 しずは――ずっと、俺の事、そういう風に見てた?
 だったら……ごめんなさい。



「そんなに傷付く必要ないのに」
「……馬鹿だから」



 俺には分からないよ。
 この人の隣に居ながら、しずの事を想う理由。
 ……どうしてだろう?



「分かんないよ……馬鹿だから」
「だからって、自分で自分を傷付ける必要なんてないよ」
「でも……じゃなきゃ、俺はしずと一緒に居ないよ」
「!」

 シズちゃんの事でそんなに傷付く必要なんてないんだ、と臨也は何度も言った。
 だったら――わざわざ、あの本屋に居た意味は何だろう。
 しずは俺の事を待っていてくれたんじゃないの?

「俺は……俺は、もしかしたら、」
「そんなの……許さないよ。瀬梨は、俺のものだ」
「臨也……?」

 真剣な表情。赤色が歪む。

「瀬梨とシズちゃんは、お互い分かり合おうとしてたのかもしれない。でも……それを先に放棄したのは、シズちゃんだよ」
「でも……どうして?」
「最初からそのつもりなら、最後まで理解者で在ればいいんだ」

 人を好きになる事を、彼は理解を放棄する事だ、と言う。
 そうしたら――彼は、どうなのだろう?

「……臨也は、」
「え?」
「臨也は……そうしたら、人を理解しようとしてないの?」

 臨也は唇を歪めて笑う。

「そうだね……そうなるかな。でも好きになるっていうのは、瀬梨、『受け入れる』事だよ。理解し難い事も含めて」
「……!」
「理解するんじゃなくて、理解の及ばない所さえ受け入れるんだ」

 それが――好きになる事?
 臨也は人類全てに、そんな風に思ってる?

「……だったら、俺は」

 臨也のこと――好き、じゃないんだ。

「俺には臨也の言動を理解し難い。でも、それを受け入れる事もできない」
「瀬梨……」
「何だろう……俺、臨也の事をどう思ってるのかすら、分かんないよ」

 ――嗚呼。
 何だ、もう何も分からない。暫く眠りたい気分だ。
 また考えれば解るだろう。俺の気持ちくらいなら、きっと。
 でもそれには休息が必要で。

「……疲れたなぁ」
「でも……もう、あんな奴の為に心を痛める必要はないんだよ、瀬梨」
「……うん」

 そうか――そう、でも、全ては。
 俺が彼からの気持ちを受け止めきれなかった事に起因するんじゃなかろうか。

「ごめん……臨也、ちょっと寝る」
「ん? そう……じゃ、夕食の時間になったら起こすよ?」
「……お願いします」

 臨也は人類を愛している、なら俺はその延長線上に居るだけなのだろうか。
 だとしても――









(――愛し方を知らない俺が)
(言える事じゃないけれど)



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