本人の与り知らぬところで


「シズちゃん」
「手前――」
「瀬梨を泣かして、」

 殺すよ、と。
 いつもよりあからさまな殺意を含め、臨也は静雄にナイフを向ける。

「……泣いた? あいつが?」

 静雄は小さく笑った。
 まるで――瀬梨が泣いた事が、嬉しいとでも言うかのように。

「……何で笑ってるの?」
「そりゃ、嬉しいからに決まってんだろ――臨也くん。今の俺は機嫌がいいから、手前を見逃してやる」
「は? 何言って――」
「そのかわり」

 瞬時に引っこ抜かれた標識が瞬く間に彼らの間を詰めた。

「……瀬梨を、可愛がってやってくれ。あいつは、俺より手前を選んだみたいだからな」
「……ふうん?」

 負け惜しみなんだ、と臨也は笑う。

「あいつは人を好きになる事を怖がっていた。でも――手前を選んだって事は、それは覚悟なんだろ」
「……そうなんだ」

 怖い? ――何故だろう。
 人間を愛する事ほど偉大な事はないのに。
 彼は愛する事も、愛される事にも異常なまでに臆病だった。

「……あぁ、それと」
「ん?」

 手前に頼むのは虫酸が走るんだけどよ、と静雄は睨んだまま言う。

「怖がらせて悪かったって――言っといてくれ」

 ……嗚呼、そうか、彼は。
 臨也はかくりと首を縦に動かすとさっと踵を返す。
 こんな所に長居は無用だ――自分はこんな奴に会いに来たわけではない。
 さぁ、早く帰って大事な大事な恋人に伝えてやらねば。






「瀬梨、シズちゃんはね、もう君の知ってるシズちゃんじゃないよ」
「え……?」

 ――それって、どういう意味なのだろう。
 臨也に無理矢理押し込まれた布団の中から顔を出す。

「臨也は……しずに会ったの?」
「うん」

 よく無事で……しかもこんな短時間で帰ってこれたなと思う。

「何で、そんな事」
「何でって……恋人が泣いてたら、放っておけないよ。そんなの、当たり前でしょ」
「!」

 ……そっか、今は恋人同士なんだっけ……。
 ともすると、忘れてしまいそうな自然な『決め事』。

「何で泣いたのか……解る気がするよ、ねぇ、瀬梨」

 あんなの……もう、シズちゃんじゃないよ。
 臨也がぽつりと呟いた言葉は俺にはちゃんと聞こえていた。







(……しずが変わったのかな)
(それとも、俺?)



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