望みやしない


「しず、遊びに来たよぅ」
「手前……、どっから」
「嫌だなぁ、玄関からに決まってるじゃない」

 鍵開きっぱなしだよ? と作った笑顔で。
 テレビを見ていたらしいしずの表情はみるみる険しくなっていた。
 ――まさか、バレてないよね。

「何しに来た?」
「あれ、今日は俺機嫌いいのに、しずはそうでもないのかな。残念」

 まぁ――俺も、すこぶる機嫌がいいというわけではないが。

「折角この間の話聞こうと思ったのに」
「この間? ……あぁ」

 しずは不愉快そうに溜息をつく。
 折角の休日を邪魔されたからなのか、それとも本当に聞かれたくない事なのか。
 ――どっちだろう。

「俺、今日さ機嫌いいから、わざわざ聞きに来てあげたんだよね」
「暇人だな」
「誰かさんのお陰でね」

 ちなみに誰かさんとは、折原だけの事ではない。

「……だからさ。お詫びと思ってくれてもいいんじゃないかな」

 しずは漸く身体を起こした。
 俺の方へと身体を向けた。

「そんなに聞きてぇのか……ここで言うのも、こんな状態で言うのもなんかなぁ」
「だからそれ、どんな無茶振り。俺がしずからの願いを断るわけ、」
「俺はお前が好きだ」

 ――空気が硬直した。

「俺は、これがお前への感情に対する表現として合ってるのかどうか分からねぇ……が、俺の知ってる中ではこれしかしっくりくるものがない」

 心臓がゆっくり動いているのだけは分かった。
 辛うじて呼吸ができているのも。
 けど――

「この間、あいつに言われてお前は心底嫌そうな顔してただろ。できれば言いたくなかったんだが――」

 嫌になれば、忘れていいと。
 彼は至極当然のように、当たり前のように、そんな事を言った。

「……そんな事、言わないでよ」

 彼の存在など、忘れたくとも忘れられない。
 ――否、忘れたくないと云うべきか。

「消えるべきって言うんなら、それは俺だ。俺は人に愛されていい人間だとは思わない」
「それは――」
「俺はしずの傍に居ていいのか、そんな事を迷う時だってあるんだよ」

 そんなわけないのに。
 俺達は“似ている”から、傍に居るのに。

「俺を、愛さないでほしい――俺は折原を嫌いって言ったんじゃない。愛される価値もないのに」
「瀬梨、」
「聞きに来たのに――ごめん。俺帰るわ」

 ここには居れそうになかった。
 鍵を壊して無理矢理入ったのは申し訳ないが……しずに丸投げする事にしよう。

 それよりも。
 それよりも。

 俺は家に無事に帰れるだろうか、とぼんやりと考えた。





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