平凡な生活を望みます


「ま……待て待て待て待て」

 何言ってるんだ。
 少しの沈黙と多分の動揺から解放された俺は折原の腕を振り払う。

「俺がいつお前の恋人になった!」
「え? ついさっき」
「俺承諾してないし!」

 あ、でも、プロポーズしたから今は別の関係なのかな?
 それって何て言えば良いんだろうとか吐かしやがった折原から一歩離れた。
 やばい――背中を、冷たいものが伝ってる。

「だから俺、」
「――瀬梨」
「何、しず――わっ!?」

 いきなり後ろに腕を引かれた。
 バランスを崩しそうになるが、そこは既に腕の中。
 ――しずが、俺を庇うように抱いていた。

「しず……」
「手前、嘘ばっかりだな。こんなに嫌がられてんのに」
「嫌がられてるのはシズちゃんの方じゃないの? ほら、ここで標識なんか振り回したら、瀬梨ちゃんが泣いちゃうよ」
「手前の方が迷惑だろうが」

 確かに泣きたい。もうかなりボロボロである。
 だけどしずが(途中から)俺の為を思ってやってくれている事なので、俺は何も言えない。
 代わりに折原を睨む。

「――あんた、本当に性格悪いよ」
「それはどうも」
「ここが俺のマンションじゃなかったら、今すぐ殺してやるのに」

 折原を殺すとしたら、どんな方法がいいだろう。
 かなり狡猾だが、一度捕まえられたら脆そうだ。
 刺殺、絞殺、それとも毒殺?
 確実なものがいい。

「……行くぞ、瀬梨」
「え? 何――」

 鉄棒が転がる音がした。
 身体を反転させられよろける。
 ――そうか、逃げるのか。
 漸く分かった俺は、しずと同じスピードで走り出す。

「……逃げられちゃった」

 新聞配達いいのかなぁ、と彼は小さく呟いた。






「あっじゃあ、やっぱりしずにも女神様がついてるのかなぁ」

 早朝に彼がマンションを訪れたのは、嫌な予感がしたから。
 わざわざ池袋から新宿に、と思ったのだが、どうやら俺に用があったらしい。

「で、俺に用ってのは何なの? しず」
「――あぁ」

 彼は憂鬱そうだった。
 それを言う為に来た筈なのに、何故か言いづらそうに淀む。

「いや……やっぱ今日はやめとく」
「え? 何それ」

 言わないのかよ。人を家に連れ込んでおいて。

「言いなよ。気になるじゃん」
「気にすんな。忘れろ」
「しずから言ったくせに?」
「……う」

 気になって夜も眠れなさそうなんだけど、と言った。

「まぁ……熟睡した事なんてないから、いいけど」
「お前、二日酔いの時爆睡してただろ」
「それとこれとは別!」

 そうやって話を逸らして。
 ……そんなに言いたくないのか。

「うー……じゃ、いいよ」
「悪いな。また、お前の機嫌がいい時にな」
「……へ?」

 ――何、だと?

「え……俺の機嫌がよくないと駄目な事なの……? そんなに絶望的な事?」
「いや、そうじゃねぇけど……わざわざ機嫌悪い時に言うことじゃねぇよ」

 ……あー。
 あんな早朝から、折原に会っちゃったせいかなぁ。
 機嫌悪いのがしずにも分かるくらいだから、重症かなぁ……。

「うん、分かった。次は機嫌よくして来るね!」
「あぁ」
「今日の運動楽しかったよ!」

 またねと言って立ち上がる。
 すっかり忘れていたが――俺は新聞配達の途中だったのだ。
 もう随分時間が経ってしまった。俺はクビだろうか。
 ……不可抗力なのになぁ……。
 泣きそうになった。










(そういえば、マンション)



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