同じように


「でさ、でさ、結局一緒に寝たんだよね、俺達」
『……は?』
「いや、これ、マジな話だから」

 携帯を片手に、集めた紙の資料をひらひらさせながら言う。
 この家の平穏を脅かしたあの危険人物は、もう、自分の家に帰りました。
 朝ごはんご馳走してやったらさっさと帰ったよ。やったね。

「あ、嫌だな、もう居ないよ。帰ったから、あの人。色々あったけど何も起きなかったから」
『……本当か?』
「ん」

 だって俺には、幸運の女神様がついてるし。
 そう言うと、即座に電話を切られた。

「え、しず、ちょっと――え、どういう事?」

 ひどい。自分から掛けておきながら。
 少し不満に思ったがもう、依頼人との待ち合わせ時間だ。行かなければ。
 軽く身支度を整えると、資料だけ持って家を出た。






「……何で、鍵開けっぱなしなんだよ」
「え、いやだって、しず来ると思ったし」

 図星だったのか、しずは黙り込んでしまった。

「てか、折原居たのによく仕事終わらせたって褒めてほしいんだよな、静雄君」
「……それだ」
「は?」

 しずは顔を上げる。

「お前、本当に何もなかったのか? あんな奴と2人きりで」
「だから、何も。ぎりぎりセーフ」
「……怪しいな」

 ――しかし、主の不在時に勝手に家に入っているのは、どちらも同じである。
 人の事は言えんぞ、静雄君。

「それより、しずは、何しに来たわけ。まさか折原のことが気になって……とかじゃあないよねぇ?」
「何だって? もう1回言ってみろ、瀬梨」
「あたたたごめんなさーい!」

 ……やめよう。折原のネタでしずをからかうのは駄目だな。

「……お前の事が、心配なんだ」

 俺は思わず目をみはった。

「え……しず、今、何て?」
「心配なんだよ。お前の事。新宿と池袋だから毎日見に来れるわけじゃねぇし、電話はすぐ切るし」
「う……」

 電話はそれ程好きじゃないのだと口の中で小さく反論する。
 大体今日先に切ったのはしずの方だなんて言ったら、黙殺された。

「大体、しずに心配される必要なんてないよ」
「……何?」
「しずの方が、毎日危ない事してるでしょ」

 一体何の話なのか。だんだん分からなくなってきた。

「……そういう問題じゃねぇ」
「え、何言って、わ!」

 間にテーブルがあった筈だ。
 それをものともせずに、しずは向かいに座る俺の腕を押さえ付けてきた。
 ……テーブルの上の新発売の炭酸が零れていたりしたら、後で殺してやろう。

「何……何なの? しず」
「お前、俺がどんだけ心配してるか分かってんのか? お前は危なっかしいんだよ。危ない事平気でするよな」
「そ……んな事、ないよ。俺だって色々考えてるし」
「分かってる」

 至近距離だった。驚くほどに。
 しかししずは微動だにしない。

「お前は考えてやってる事かもしれない。でも、それを見てるこっちは心配になるんだよ、何も分からねぇから。こうやって心配してもお前は何も言わねぇ。……分かってないんだよ、お前は」
「……分かってるよ」
「分かってない」

 静かに目を見返す。

「しずがそんなに心配するんだったら、俺もう何もしないよ。全部しずに相談してからやる。それでいい?」
「……よくはねぇんだけどな」
「じゃあどうすればいいのさー!」

 暴れるが、それを簡単に押さえ付けてしずは思案する。

「危険人物をみんな殺しちゃえばいい!? でもそしたら俺が危険人物になっちゃう!」
「……俺は、お前が変な奴に目を付けられる事が怖いんだよ」
「へっ?」

 ……今、なんて仰いました?

「あのノミ蟲野郎とかな」
「……折原のこと?」

 答えはなくとも、しずの不機嫌具合で分かる。そうか、彼はノミ蟲なのか。
 道理で人間を愛する際、自分も入っていないわけだ。

「駄目だよ、しず、それ今更だよ。俺はもう随分奇人変人を引き付けちゃってる。類友だから」
「だったら、」
「それにしず、その『奇人変人』の中にしずも入ってるんだからね? 一応」
「……は?」

 一応、というのは柔らかさをつける為の表現であって、別になくてもいい。
 ていうか寧ろ、ない方が正しい。

「しずも変な人でしょー。俺別に弱くないのに、俺の事心配しちゃってさ。絶対自分の方が色々危ないのにね」
「そんな事ねぇよ」
「いーや! しずは分かってない!」

 なんとか拘束から逃れようと試みる。

「しずは俺の事心配するって言うけど、だったら俺が、しずの事心配してるのも分かんないかなぁ? こないだ標識持って家の前に立ってた時だって、下手すりゃ捕まってたよ! 分かってんの?」

 その引っこ抜いた標識を、やり場もなく家の前に捨てていったのもどうかと思うけど。

「しずは普通の人じゃない。分かってるでしょ?」
「……あぁ」
「だったら俺と一緒に大人しくしてようよ」

 まぁ、お互い裏の世界に足を突っ込んでいるので、多分今更抜けないと思うのだが。
 何か泥沼みたく足掴まれてそう。怖い。

「ほら。放して」

 そう言うとしずは俺の手を放し、向かいのソファーに沈み込むようにして戻った。
 炭酸は――うん、零れてない。よし。

「……すまねぇ」
「ん? ううん」

 炭酸を一口飲んで笑った。

「ま、お互い様だよね」









(しずは、折原みたいな人じゃないと思ってるよ)
(俺の事好きなんて)

(……言わないよね?)



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