帰って下さい(2) 「――帰る?」 折原の表情が、不敵に――ではなく。 いかにも不機嫌そうに歪んだ。 「ねぇ、だから、聞いてた? 俺は瀬梨ちゃんを待ってたんだよ」 「……俺ん家の冷蔵庫から出して食ってたってわけ?」 「……どうしてそうなるのかな」 好きだって言ってるでしょ、と言われた。 聞いたよ、と言い返した。 「だったらどうして、そうやって雰囲気を壊すような事をするの」 ――そんなの、決まってるじゃないか。 「こうやって空気をぶち壊さなきゃ、本当にヤられちゃうでしょ!?」 「……ぴんぽーん」 折原は目を逸らしながら言う。 「……マジですか」 「自分で言っときながら、何なのそれ?」 「いやだって」 その途端、圧迫されていた身体は解放された。 気が付くと折原は既に俺の上から退け、ベッドに座り直していた。 「……折原?」 「あぁ、やめた。今日はいいよ、今日は」 そもそも名前を苗字で呼ぶ人とヤろうなんておかしい話だった。 ――その言葉が恐ろしくてそれ以上突っ込めない。嗚呼。 「仲良くなれるように努力しなきゃね。瀬梨ちゃんも俺の事、好きになってよ?」 「……は?」 「今日は過剰なスキンシップで許してあげよう」 ――駄目だ、犯られる。 悲鳴を上げる間もなく俺は再び押し倒された。 「馬鹿っ、折原っ、お前、何して……ッ!」 首筋に唇を寄せられ、それ以上何も言えなくなる。 くすぐったい――でも、それ以上に、何か。 感じる事がある筈なのに、感覚が麻痺しているのか抗う事すらできない。 「折原ぁ……」 「泣かないの。ヤるわけじゃないんだから」 「……嘘だぁ」 「……何でそういう事言うの」 しかし折原も、顔を上げると、俺が本気で泣きそうなのに気付いたらしい。 ぎゅと抱きしめ、頭をゆっくり撫でてくれた。 「はぁ……強いのか弱いのか分かんないよ、瀬梨ちゃんは」 「……場合によります」 「だろうねぇ」 折原に抱きしめられながら、頭を撫でられる。 なかなか想像もしていなかった展開だが……まぁ、いいんじゃないだろうか。 最初に比べれば、随分。 「……そんなに俺の事嫌い?」 「……何、いきなり」 「だってさっき言ってたじゃん」 肩を押し、少し取った距離から彼を見つめる。 「……折原って俺の事、好きなんだ?」 折原は息を止めた。 何を言っているんだ、とでも言いたげに。 「何、今更……俺、さっきも言ったじゃん」 「うん。だけど、漸くそうなんだなって思ったっていうか」 「ていうか3回目? だよね」 何回同じ事を聞いただろう。 人から寄せられる秋波は、あまりに分かりづらくて。 「だって。それって恋愛的な意味でって事でしょ」 「うん」 「俺の事そんな風に思う人、少ないよ。分かるでしょ?」 「それは、ね」 類は友を呼ぶ。奇人は変人しか呼ばない。 それは、目の前の彼もまた然りだ。 「折原でも、嫌われるの怖いなんて言うんだね」 「……どういう意味、それ」 「だって」 博愛主義者なんでしょ、と聞くと、まぁねと眉をしかめながら返された。 「すっごい広い意味で好きって事でしょ。だったら1人くらいに嫌われても、平気なのかなって思ってた」 実際、俺は人類を好きだなんて思った事はない。 寧ろ地球の為には滅ぶべきだ。 だから彼は俺にとっては度し難い。多分殆どの人がそうだと思うけど。 「……何でそうなるのかなぁ」 「やっぱり?」 「俺、初めて好きになった人なのに」 「……え?」 折原は俺からそっと離れる。 「広い意味じゃないよ。こんな風に好きになったのは初めて。だから、俺はどうしていいのか分からないし、同じように愛してほしいとも思う」 「折原……」 「とりあえず、その苗字呼びやめてほしいんだけど」 下の名前……なんだっけ。 折原……えぇと? 「いつまでもそんなんじゃ、俺が報われない」 「何で」 「そんな子好きになった俺が馬鹿みたいじゃない?」 「……あ、そ」 まぁそうなんだけど。 「苗字を呼ばれるから好きになったとか?」 「えーと……うん、多分それはないかな」 「え、残念」 話している間にも俺は身体を起こし、折原は離れていっている。 ――まぁ、あれだ、この程度の常識は無いと。 女神様が助けてくれているのかもしれないが。 「添い寝してあげようか」 「全力でご遠慮させて頂きます」 「そう、残念」 じゃあ夜食にチキンラーメン作ろう、とベッドから立ち上がった彼を、俺は結局安眠もできずに追わねばならなかった。 何故って? ――俺の貴重な食糧が奪われてしまうからさ! ← |