望むべくもない


「なーあ、アメティストス? お願いがあるんだ」
「だが断る」
「早っ! まだ何も言ってないだろ」

 お前の“お願い”に良い記憶は無い、と言って、アメティストスは俺を一瞥する。

「いいじゃん! 奴隷時代からずっと一緒に居る、可愛いレイシちゃんのお願いだよ?」
「どの口が言ってるんだ、どの口が」

 はあ、と溜息をつかれた。付き合いきれないと思ったのかもしれない。
 ちなみに、こうなったら俺の勝ちである。今日で通算1784勝。勿論0敗。

「……で、何だ?」
「ん?」
「言うだけ言ってみろ」

 さっすがアメティストス、優しーいと言いながら擦り寄る。

「あのさー、俺……」






 遠出していたらしいオルフが漸く帰ってくる。
 シリウスの相手は投げ出し、俺は武器を投げ捨てオルフの方に手を振った。

「オルフー! お帰り!」
「ちょっレイシ! 危ないって!」
「遅かったな、どこまで行ってたんだ?」

 オルフはシリウスに憐れむような視線を投げる。ていうか可哀相なのは絶賛俺。
 シリウスのような筋肉馬鹿に、訓練の相手をさせられていたのだ。つらい。まじつら。

「いや、ちょっと街をうろついていただけだ。将軍は?」
「アメティストスなら、テントだと思ーう」
「将軍と呼べ」
「へいへい」

 何でこう、オルフの俺に対する態度は、世間一般とは違うのだろうか。いや、全く一緒というのも癪に障るのだけれど。
 俺、一応あなたの恋人なんですけれどもねぇ。一言もなしに将軍に報告に行くわけ?
 いや、アメティストスが大切なのは分かるよ。俺だって長い付き合いだし、俺にとってアメティストスはかけがえのない存在だ。
 だからといって、俺的には、オルフより優先できる存在は無い。

「荒れてんな、レイシ……」
「煩いなー。シリウスは世界で5番目ですが何か」
「何の話だよ」

 俺は振り向く。シリウスが、槍を2本持って、そこに立っていた。

「……オルフには、俺より大事なものがあるのかな?」
「何でそんなこと俺に聞くんだよ」
「……そうだった。こんな、脳みそまで筋肉のような男に聞いても分かるわけないよな」
「そうじゃなくて!」

 オルフに直接聞いてみろよ、と言うシリウスの向こうに、オルフが見えた。
 俺はシリウスの存在を全く無視しオルフの許へ走り出す。

「オルフ! 仕事は終わり?」
「あぁ。……レイシ、将軍から聞いたんだが」
「ん? 何?」
「お前、私が居ない間にまた勝手をやったんだな」

 オルフの存外低い声音に、俺の肩が跳ねる。

「勝手って……ううん、そうでもないよ。アメティストスに迷惑かけるようなことでもないし」
「将軍はご多忙だ」
「今日は暇って言ってた。一緒に訓練したしっ」

 オルフが溜息をつく。
 さっきまで何だか俺が悪いことをしたような気分だったが――だんだん、イライラしてきた。

「何だよ! だってオルフが構ってくれないから! 俺、アメティストスは世界で2番目に大切だから……アメティストスだって、俺のこと好きだって言ってくれたのに! オルフは――オルフは別に、俺のこと、」

 訳が分からなくなってきた。何が言いたいのかもう分からない。
 俺が仕方なく口をつぐむと、いきなりオルフに抱き寄せられ、驚いた。

「!? オル……っ」
「……好きじゃないなんていつ言った」
「……えっ」
「お前が大切じゃないなんて、言った記憶はないが?」

 私がもし、お前にそんなことを言っていたのなら謝る、と。
 端正な顔に至近距離で見つめられ、俺は記憶の糸を手繰る。

「……ん、オルフはそんなこと、言ってない」
「そうか」
「でもっ! ……でも、大切だとか、好きだなんて、言ってくれない、から……」

 誤解するのだ。例え、負の感情を口にしていなくても。
 俺は比較的ストレートに伝えているつもりだし、伝わりやすいみたいだから、安心してた。
 でも、オルフのはよく分からない。少なくとも、付き合い始めた頃よりは分からない。
 慢心だ、こんなの。

「……あぁ……」
「俺……俺が、足りなかったんなら、謝る……っ」
「いや、十分だ。お前の気持ちはよく伝わってる」

 私が悪かったな、と。
 オルフは謝罪の言葉を口にし、俺に口づけを落とす。

「オ、オルフっ! 此処、公衆の面前……」
「分かってる」

 身体を少し離され――だが肩を抱かれたまま――オルフは歩き出した。

「オルフ……? どこに……」
「私のテントだ」
「テント……あっ、オルフ、」
「そんなに呼ばなくても、分かってる」

 オルフは苦笑する。そんな表情でも、俺の心臓は跳ねた。
 一々全てが俺を喜ばせる。いや、喜ばせるばかりじゃないな、全てが俺を刺激する。

「テント……さ、遠いのも嫌だし、あまり足りてないみたいだったから。アメティストスに我が儘言っちゃった」
「まあ、お前が一度言い出したら聞かない奴っていうのは、将軍の方がよくご存知だろうからな……」
「……オルフ、怒ってる?」
「ん?」

 オルフは俺の方に視線を向ける。

「いや――だが、将軍より先に、私に相談してほしかったな」
「……そっか」
「私だって、いつ言いだそうか迷っていたのに」
「え」

 そんなこんな話していると、いつの間にかテントの前に着いていた。
 さっきまでは、オルフだけのテント。
 ――でも今からは、俺たちのテントなのだ。

「ただまあ、将軍に、あまり羽目を外しすぎるなと釘を刺されたんだが……」
「? どういうこと?」
「だから、お前にも言い出しづらくて」










12-7/17
オルフの口調が迷子



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