生きていてくれてよかった、と俺を抱きしめた彼は言った。
……ばかだな。戦争を始めたのは、あなたじゃないの。
そう言った俺に、彼は首を横に振る。
「でも、大切な人が、生きていてほしいって願うのは当たり前だろう?」
だったら一体、俺たちに敵対する者はどうしたらいいんだ。
彼にだって、彼らにだって、大切な人はいるはずなのに。
踏みにじったのは、お互い様なのに。
「……俺は、俺が正義だって思うしかない」
でも、でもさ、エレフ。
エレフがそんなこと言ってたら、
「俺はエレフじゃない。アメティストスだ。……大切なものをいくつも失って、守ることのできなかった、その名前は棄てたんだ」
――そうか。それで。
自分に重荷を課すことで、その痛みを忘れまいとしているのか。
いや、違う、
「……その話はよそう、レイシ」
自らが正義だと語り、他の責務を騙ることで、他にはそんな経験をさせまいとしているのか。
「違う、と言ったら?」
俺と彼は、幼い頃からの付き合いだ。彼が優しすぎることだって知っている。
本当は、彼は軍の長になど向かないのだ。国だって、治められるかどうか。
「……そのことなんだがな、レイシ。俺が政に向かないのは分かってくれているようだな」
誰かを切り捨てることができない。その生い立ちゆえに。
共に幼少期、奴隷時代を過ごしたけれども、俺と彼は全く違う風に育ってしまった。
「王、レオンティウスは生かして捕らえてある。……彼にもう一度、国政を担当してもらおうと思う」
……殺さなかった、のか?
「このままでは、また同じ過ちを繰り返すとの声もあるだろう。だから、表向きは俺が王だ。しかし、レオンティウスが優れた王であることは、レイシもよく解っているだろう?」
よく、分からない。何故それ程までに、情けをかけられるのか。
俺たちを救わなかった王だぞ? 奴隷を強い、城壁を築いた者というのに。
「これからは、その城壁が役に立つ。同族を恨むためではなく、異国と戦う時に」
何故それ程までに、優しくなれるのか。
俺ならば、王は出会った瞬間に首を落とすだろう。俺の人生を狂わせた張本人なのだ。
……理屈では分かっていても、許せない。
エレフ、お前は恨んではいないのか?
「……恨んでいないわけではない。けど、」
けど?
「俺が奴隷として捕らえられ、お前と出会わなければ、今の俺はなかった。……お前は嫌だと言うかもしれないが、俺は感謝しているんだ」
――憎き王。俺から全てを奪った人物。
でも、彼は同時に、
「こうして、お前を愛せる俺を与えてもくれた」
そんなことを言われたら、俺だって王を恨めなくなるじゃないか。今まで、憎しみを糧に生きてきたようなものなのに。
平和になった今、俺はどうやって生きたらいい?
「……レイシ、俺を愛してくれ。共に愛し合って暮らそう」
エレフ、
「もう、誰も悲しむことのないように。幸せな世界で」
奴隷を解放し、王に勝った今、俺たちを脅かすものはない。
――遂に、終わった、のか?
「あぁ。……奴隷も、陽の下で生きていい時代が来たんだ」
憎しみを糧に、しかし生きていてよかった。生きなければ、光溢れる時代を見ることはできなかった。
過去、そんな到来を予感できず、何度も諦めようとした。けれど、生きたのは愛する人が隣に居たから。
死ぬわけにはいかない。いまさら、勝手なことは許されない。
俺たちが生きる今は、誰かが生きたかった未来なのだ。
「エレフ、」
人を愛するという感情が、自暴自棄だった俺をここまで生かしてくれた。
感謝したいと思う。正の感情に突き動かされ、今俺は、こうして唯一の人と愛し合っているのだから。
めぐりくる1年