物語を紡ぐ理由


※『物語を紡ぐ所以』の続き







 聖戦は偉大なる王によって収められ、人が人を傷付ける時代は終わった。
 永遠を生きる悪魔、焔色の髪を持つ少女の物語も、これで。

 俺は生きる。妹たちの死を横目で見ながら。
 自分は老いないのか、と気付いたのはいつの事だったろう。
 今は、それすら遠く霞みゆく記憶。
 俺にとっては、流れゆく時間すらどうでもいい。

 死ねないままに、各地を流れ放浪していた時の事だった。
 懐かしい森だ、と気付いた時にはもう遅くて。
 俺はすっかり、その思い出と、鍵を掛けた筈の感情に囚われていた。






「……久シブリダナ、レイシ」
「シャイターン!?」

 勝手知ったる森の中を歩いていると、生涯を通して最も会いたくない人に出会った。
 いや、それはあくまで表面的な事で、心の奥底では求めていたのかもしれない――彼の姿を見た瞬間、俺の胸は高鳴ったから。
 一体何年ぶりだろう。

「生キテイタノカ」
「死ぬわけないじゃん。……シャイターンがそうしたくせに」

 他愛ない、下らない会話をして俺は笑う。

「あの子は」
「……ライラノコトカ?」
「そう」
「出テ行ッタノハツイ先程ダ。何デモ、オ前ト鉢合ワセタクナイソウダカラ」
「出て行く……? どうして」
「ダカラ今言ッタダロウ」

 シャイターンはいらだたしげに言葉を重ねる。

「まさか……昔、俺が言った事、覚えて……?」

 まさか。そんな馬鹿な。そんな事を覚えている人って、いるだろうか。
 もう何年前の話か忘れたが、だとしたら……俺も若かったのだと言い訳させてもらおう。
 今でも覚えているのなら彼女はばかだ。

「――ううん、いいや、そんなこと。でも彼女が出て行ってしかもシャイターンがそれを追わないって事は、物語はすべて紡いだんだね」
「アァ、オ前ノ無意味ナ遠慮ノセイデナ。別ニ我ハ、オ前ト紡グ物語デモ構ワナカッタトイウノニ」
「そういう事言うのやめてよ、俺が泣く泣く別れた意味がわかんなくなっちゃうじゃん。……ていうかやっぱりそこは女の子だろ」
「我ハレイシノ方ガ好キダ」
「はぁ?」

 何を言っているのだ、この悪魔は。

「シャイターンはライラの方が好きだったんじゃないの? 俺より」
「ハ? ソンナコトイツ言ッタ」
「え? いつって……だって、そんな態度見せてたじゃん」
「我ハカ弱キ者ハ護ルベキダト思ッテイルガ。シカシ我ハオ前ヲ嫌イダナンテ一度モ言ッテイナイツモリダッタノダガナァ……ソレニ今ハライラノ方ガ強イトサエ思ッテイルシ。――ヨシ、ソウ言ッタトイウ証拠ガアレバ謝ルゾ」
「証拠!?」

 とりあえず前半は全スルーさせてもらうが、言ったことの証拠って……音を保存できる物でもあれば別だが、無理に等しいじゃないか。

「だってシャイターン、死ぬ間際に名前聞いたんだろ」
「ソレハ礼儀ダロウ」
「生き返らせちゃったし」
「元ハトイエバオ前ガ気マグレニ拾ッテキタンダロウガ。我トシテハドウデモヨカッタガ、オ前ガ連レテ来タ奴ダカラト思ッテ治シタノニ」
「えっ……」

 ……そうだったの?

「じゃあ毎日俺が起きる前に寝床を離れてわざわざライラの所に行ってたのはどういう意味だよ!」
「ドウイウモ何モ、ソレモサッキト同ジデオ前ガ拾ッテキタ奴ガ死ヌト悲シムカナト思ッテ世話ヲシテイタダケダ。アト、我ガ見エテシカモオ前ノ話ガ出来ルノハライラダケダッタカラナ」
「俺の話? ……って何?」
「ア、イヤ、」

 珍しくシャイターンが動揺している。……そんなに聞かれたくない話だったのだろうか。
 俺の話というところが気になるけれどもスルーしておくことにする。

「じゃ、待てよ……シャイターンそしたら、ずっと俺の事好きだったって事?」
「ダカラ最初カラソウ言ッテイルダロウ! 我ノ運命ノ人ハオ前シカイナイ」
「運命の人って……」

 何だか恥ずかしい事を言う奴だな。

「……ごめんなさい」

 しかし、全ては俺の勘違いだった。
 シャイターンがライラを好きとか、主に誤解ポイントはそこしかなかったが、それで大きな回り道をしてしまった。
 お互いに、こんなに愛し合っていたのに。

「悪カッタレイシ、強ク引キ留メナクテ」
「や、だってどーせ、あの時俺はシャイターンの言葉も聞こえなかったと思うし……」
「オ、暫ク見ナイ間ニ、オ前ハ自分ヲ客観的ニ見ツメラレルヨウニナッタノカ。偉イ偉イ」
「おま……っ、人が反省してるのに!」
「マァマァ」

 俺の頭を撫でていたシャイターンがにっこりと笑った。

「寂シイ思イヲサセタノハ我ダ。会イニ行コウト思エバイツデモ行ケタノダガ。……長カッタナ、泣イテモイインダゾ、レイシ」
「……ッ」
「愛シテル」

 不意に抱きしめられ、耳元で囁かれた言葉に、俺の涙腺は崩壊せざるを得なかった。
 ただただ長いだけの時間を生きて、焦がれる日々は、本当に辛いと思った。
 ……俺はこれから、ずっとシャイターンの傍に居るんだ。
 この孤独を知った俺は、もう1人ではいられない。
 首を横に振ってただ諦めるだけだろう。

「俺も……愛してる……っ!」

 永遠なんて時を生きるにはお似合いの感情だ、と思う。
 それだけこの愛は重い。














(ライラ、スマナカッタナ)
(大丈夫。私はいつも遠くで2人のこと見てるから)
(……ソレモナンカナ……)

(ライラに、謝りたいな)
(安心シロ、ライラハ今モドコカデ我ラヲ見テイル)
(……?)



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