「嘘……だろ……?」
俺の頬を伝う涙を拭いながら、アメティストスはゆっくりと首を横に振る。
「待てよ……だって、一昨日まで普通に話してたんだよ。そんな奴が、死ぬわけ……」
「私はこの目で見た」
「……!」
息が詰まる。
鳴咽で、涙で、首が絞まる。
「嫌……いや、ありえない。だってシリウスは、絶対帰ってくるって、」
あの、快活な笑顔で。
そんな風に言ったから。
「帰ってきたら、一緒に暮らそうって……言ってたのに……」
どうして俺は戦場に出なかったんだろう。
将軍もオルフもシリウスも、俺が共に行く事を承諾しなかったから。
――じゃあ、絶対帰ってきてって約束したのに。
「シリウスは……約束は、破らない」
「……すまないと言っていた。置いていって悪いと、謝っておいてくれと」
「将軍は……あいつから、そんな事を聞けたんですか?」
泣き笑いの表情で言う。
「狡いですよ……そんなに近くに居たなら、どうしてあいつを助けてくれなかったんですか? あいつは痛かったでしょう、悲しかったでしょう、怖かったでしょう。将軍の事をなんて思ったか」
「レイシ――」
「あぁ、でもね、将軍」
俺、知ってるんです。
「本当は、本当は――将軍を責めちゃ駄目だって……将軍は戦の中でシリウスの言葉を聞いて、俺に教えてくれた……! だから本当は、俺は将軍に感謝すべきなのに、俺は……ッ!」
後はもうしゃくり上げるだけで、言葉にならなかった。
嗚呼、彼が死んだなんて信じたくないのに、事実はこんなにあっさりと俺の心の中に染み込んでくる。
何で……?
「ごめんなさい、ごめんなさい、」
「大丈夫だ――レイシ。落ち着いて聞いてくれ」
あやすように俺の背中を叩く手はひどく優しい。
「シリウスは、死んだ」
私が辿り着いた時、彼はもう虫の息だった。
寧ろ、そこまで堪えていられたのが不思議なくらいに。
どうしてもお前に伝えたい事があったのだろう、とアメティストスは言う。
「どうか、俺の事は忘れて生きてほしい。お前は奴隷には勿体ないから、もっと幸せに生きろと」
「そんな――」
「酷な事を言ってすまない」
もっと一緒に居て、色んな事をしたかった。
お前を残していくのは辛いけれど――。
「ずっと愛してる、レイシ」
「……!」
――反則だ。狡い、そんなの。
最期の最後に言い逃げなんて。
俺も伝えられなかったのに。
「……それが、シリウスから預かった伝言だ」
「あ……あぁ……」
酷い。酷い。酷いよ。
そもそもこんな風に戦わなければ誰も命を落とす事はなかっただろうに。
大切な人の亡きがらさえ帰ってこない、そんな戦争なんてもう嫌だ。
俺は――
「あぁぁぁぁぁああっ……!」
――奴隷としてこき使われていても、楽しかったシリウスとの日々を思い出す。
「シリウスに頼まれた」
「……え?」
「お前を頼む、と」
お前はいわばあいつの忘れ形見だ、と遠くを見ながら隣でアメティストスは言う。
今更ながら、彼は亡くなったんだという実感を覚えて――少しだけ泣きそうになった。
「だがしかし、お前は」
「1人で生きていけます」
今や奴隷制は崩壊し、将軍が王座につこうとしているのだから。
俺もいい加減歩み始めなければいけない。
「レイシ……」
「いつまでも将軍のお世話になっているわけにはいきません。それに……」
……懐かしいこんな場所に居たら、いつまでもあいつを忘れられません。
ちょっとだけ笑った。
「お前は……いや、そうか。1人で生きるのもいいかもな」
「はい」
あれから時間は経つが、未だに俺の心の傷は癒えない。
それはアメティストスも同じのようだ――不意に、哀しそうな瞳をして。
遠くを見ている時が、たまにある。
「私としては残念だが……お互い、いい加減シリウスを忘れた方がいいかもな」
きっと、いつまでも忘れられないだろう。どんなに時が経っても。
俺にとっては初めての大切な人だし、将軍にとっては相棒だった筈だ。
「はい……夜寝る度にうなされるのは、何とかなってほしいです」
「あぁ」
苦笑。2人で。
俺達は眠る度、必ず悪夢にうなされる。
――シリウスが出てきて、俺を責めたり、死んじゃう夢なんだ。
どれも似たような夢。
「それじゃあ……」
服を着替える。いきなり出て行こうとは流石に思っていないけれど。
アメティストスの視線が注がれているのを感じた。
「行くのか」
「……うん」
ここは結局、居心地がよくて。
何度も帰ってきてしまいそうになるから。
「また、戻ってきます。いつか」
「当然だ。私は、シリウスからお前を任されたのだから」
「はい」
また、苦笑。旅立ちにはあまり似つかわしくない。
けれどこれでいいのだ。そう。
たった1人を忘れられないだけの《旅》には、これくらいが丁度いい。
アメの本音が1つだけ混ざってます