おまじない


「レグルスはバルバロイに備えろ」
「はっ」
「ゾスマはアマゾンだ」
「はっ」
「カストルは私と共にイリオンへ」
「はっ!」

 雷神の血を引く偉大なる我らが王は、そこで言葉を切った。
 ――多分、俺をどうするか、決めかねているのだ。

「レイシは……」

 3人が頭を下げて彼の言葉を待つ間、俺は頬杖をついて外を見ていた。
 決めかねる。躊躇いの気持ちが見える。
 戦場に立っても的確に戦況を判断し、いつだって冷静な筈なのに。

「……お前達は下がれ。カストルは出立の用意だ」
「はっ」

 その沈黙がいたたまれなかったのか、解散の命を下し、俺の方に歩いてくる王。
 俺は彼を見上げる。

「珍しいね……レオンは、俺の処分を決めかねているんだ?」
「……当たり前だろう」

 とても、王とは思えない表情で。
 泣きそうになりながら。

「お前を戦場に連れていけはしない……お前は弱いから。守りながら戦うのは大変だ」

 武器は、俺の手には重すぎる。
 持つには覚悟が足りないから。

「しかし……私が死んだ時、お前はどうなる?」

 もし私が戦場で命を落としたら、誰がお前を守っていく。
 簡単に死にはしないが、もしもの事を考えると……。
 そう言ってレオンは、俺の方に崩れ落ちて、泣き始めた。

「レオン……レオン。王が簡単に泣いてはいけない。ここは自室ですらないのに」
「レイシ……」
「でも、あなたの苦悩は解るよ」

 俺の事を、心配してくれてるんでしょう? と。
 顔を上げたレオンにそう言うと、瞬く間に、一度止まった涙が流れ出した。

「大丈夫だよ。あなたが居なくても何とかやるよ」
「いや……私が、お前に隣に居てほしいのだ。お前が居てくれるなら、私は漸く居場所を見つけられそうな気がする」

 頭を垂れる王。
 俺はその頭に手を触れる。

「俺にはあなたが必要だよ」

 何とかやると言いながら。
 彼を安心させる為だろうか、俺はそんな事を言ってしまった。

「俺はあなたの帰りを待つよ。……いつまでも、ここで」

 俺の為に用意された場所。あなたの一番近く。
 顔を上げた彼の頬に、もう涙の痕はなかった。

「……そうだな」
「うん」
「お前がここで待っていると言うのなら、私は必ず戻ってこよう」

 頭に載せていた手を取られる。
 ス、と音もなく、迅速に。
 跪いた王は俺の手の甲にそっと口づけた。

「――世界を統べる雷神の前に」
「この御誓いを」

 必ず戻ってくる。
 戻らなければ、雷神が裁く。俺達を。
 たった二言ではあるが、軽々しく使ってはいけない言葉だ。

「……約束だ」

 レオンはそう言って微笑むと、マントを翻して俺に背を向けた。
 ――その背中があまりにも、凛々しかっただなんて。
 そんな言葉は飲み込んでしまったけれど。

「行ってらっしゃい」

 もう一度戻ってこられるように、おまじない。



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