「まずは、俺に勝ってみな。話はそれからだ」
大剣を振り回してみせると、何人かが怯えたのが分かった。
――こんな人達に、遣るわけにはいかない。
俺は微笑を浮かべながら思った。
「ほら、誰からでも、どこからでも。逃げやしないからかかってきな」
――でも、彼女はどこに居るんだ?
逃げるように、誰かが言う。
「あぁ。俺に勝てないような奴に、興味はないよ」
「は……?」
それ以上、彼らに言う言葉はなかった。
地を蹴り、大きく剣を振りかぶると地面に叩き付ける。
ガゥン、大きな音と亀裂。
「何人でもいいさ。とりあえずは俺を負かしてみせろよ!」
長の子の、結婚式。
相手は部族一強き者。
けれど……此処に居る奴らが部族の全ての男だと言うのなら、誰にも嫁げまい?
だって、俺が一番強いんだから!
「ははっ。なに、もう終わり?」
昔から剣を振り回すのが大好きで、よく皆に叱られた。
それでも諦め切れずに、夜中、自分なりに編み出した戦い方がコレだ。
悪の気が迫っているとはいえ、まだまだ平和な世界だ――その力の、出番はなかったけれど。
「なぁ、誰か、居ないのか!? 俺を倒せるような奴は!」
楽しくて、でも手加減は忘れてなくて、気が付いたら周りの人達は皆倒れていた。
あーあ……つまらない。
こうやって倒してしまうから、またお嫁に行けなくなる。
「……また来年、」
「まだ居る!」
「え?」
振り返るとそこには青年が立っていた。
年齢は大体俺と同じくらいか。
……あれ?
彼、どこかで見た事あるような……。
「……あ!」
あの時の、と思って駆け寄る。
でも……。
「……此処に居るって事は、まさか、あんたも……?」
「――うん」
躊躇いがちに。……俺が、怖いのか。
「……そっか」
嬉しい、と思う。彼なら良い。
俺はそう思って剣を捨てた。
「え……何して……?」
「良いじゃん。俺、あんたになら負けて良いよ」
「でも、」
彼は、ちらりと地面に倒れ伏した男達に目を遣る。
……あぁ、何だ、そういう事か。
「大丈夫大丈夫。奴らは俺に負けたの、で、俺はあんたに負けたんだから、あんたが最強」
文句を言う奴は捻り潰す、と笑顔のまま考えながら。
「だから」
「……じゃあ」
お言葉に、甘えて。
震える手は、構えていた剣を下ろした。
「よし。これでいいよね? お父上」
「……仕方ないな……」
「え!?」
会場の隅に座っていたお父上は腰を上げる。
最近は慢性の腰痛で仕事もマトモにこなせていないようだ、早く俺が嫁いで安心させてあげなけりゃ。
「全く……結局はお前が自分で結婚相手を選ぶ事になるとはな、レイシ」
「はは、仕方ないじゃない。部族一強き者の許へ、ってんなら俺はとっくに俺の許に嫁いでるって」
周りの男達も目を覚まし始めた。
「……まさか……」
「誰が、長の子は『女』だって言ったの。俺は産まれた時から付くモン付いてたぜ」
「……そんな」
ぽつりと呟かれる言葉に、俺もショックを受けた。
……やっぱり、皆、女じゃなきゃ嫌だよな?
普通は女が奪い合われるっていうのに、賞品が男だなんて嫌だよな。
「ほら、お父上。皆俺がお父上の子供なんて思ってないよ。何て事してくれたんだ」
「はは。まぁいいじゃないか。これで私も安心できる」
「ったく……」
しかしこれで、この血筋が途切れる事はない。
お父上も安心するだろう。
「ってわけで」
まだ絶句しているらしい彼の方を振り返る。
「俺が、長の子の、レイシだ。……嫌かもしれないけど、これから末永く仲良くしてくれ」
「……嫌じゃ、ないよ」
「何しろ、雷神様の御前で誓っちゃったし……って、え?」
彼の小さく呟いた言葉は聞き取れなかった。
――今、何て?
「嫌じゃ、ないよ。僕は昔から、レイシが好きだったから」
「え……?」
はっきり聞こえたそれこそ耳を疑う。
「あの日、君と初めて出会った時から、僕は君が好きだった。同い年の君が村長様の家に住んでいると知って、せめて、娘さんと結婚できれば近付けるかなって思った。……そこに愛は介在してなくても、僕は君の事が好きなんだ。許されるでしょう?」
――何て事だろう。
俺が一目惚れだったように、彼もまた、俺を好いていてくれたわけだ。
「僕は君以外を愛す気はなかった。もし勝てなくても、それはそれで良いと思った……だから好きだよ、レイシ」
「あ、ぁ……」
……まさか。
まさかまさかまさか。
ただ凶暴で、剣を振り回す事しか知らなかった俺を、愛してくれる人が居るとは。
「ありがとう……」
ぎゅっと彼を抱きしめて、漸く俺は、彼の名前を知らない事に気付いた。
10-9/24
もし長の子供が息子だったら、
こんな風に相手を決めたりはしないと思います。←