『いつまでも僕の事を覚えていて。そうしたら、僕は君を迎えに行くから』
別れ際『僕』を抱いた彼はそう言った。
僕が彼を忘れるわけがない。彼は、僕のたった1人の友達だ。
忘れられるわけはないのに――。
『うん』
『絶対だよ』
彼は何度も言った。まるで、僕が自分の事を忘れてしまうとでも思っているかのように。
嫌だな、馬鹿な事言わないでよ……君こそ、違う所へ行って、僕の事を忘れないでよ。
そう言えればどれだけ楽だったか……。
『またね、レイシ!』
『うん、メル!』
僕らはまた会えるだろう。そう信じて疑わなかった時代。
嗚呼――僕は今でも、君の事を覚えているよ――
君は僕の事、覚えてる?
「エリーゼ、懐かしい夢を見たよ」
<アラ、ソウナノ>
どんな夢かしらとエリーゼは言った。
「この美しい薔薇庭園を歩く夢だよ」
<ソノ夢デハ、メルノ腕ノ中ニ私ハ居タノカシラ>
「さぁ、どうだろう」
そんな事を言ってはみるけれど――僕の中では、とっくに答えが出ていた。
まだ彼が一緒に居た時だ、彼の中に人形があったに決まってる。
<メルハソコデ、誰ト仲良クシテイタノカシラ>
「僕の大切な友達さ」
<ソレハ光栄ネ>
井戸の中の1日は、それはそれは長い。
<薔薇ハドノクライ咲イテイタノカシラ>
「殆ど咲いていたよ。ちょうど薔薇の季節だった」
<素敵ネ。友達トデートナノ>
「――大切な人なんだから、そんな事、できるわけないよ」
<アラゴメンナサイ>
エリーゼは僕を見上げる。
その瞳に謝罪の色は全く見えなかった。
<ドンナ天気ダッタノカシラ>
「晴れていたよ。月が見えたからね」
<月ノ下デハ、薔薇ハドンナ風ニ見エタノ>
「綺麗だったよ。棘に気付かないで、刺してしまった友達の指を舐めてあげたんだ」
エリーゼが、少し眉をしかめたように見えた。
<――ナラ、ソノ『トモダチ』ッテ、誰ナノカシラ?>
エリーゼは初めて明確に聞く。
――嫉妬? まさかね。
だったら僕がする方だ。
「君も知っている人さ」
嗚呼もう一度、その夢が見られないだろうか。君が消えた続きでもいい。
君が居るという夢さえ見られれば、僕はまた幸せになれるだろう。(→例え報われなくても)
<妬クワ>
「僕もさ」
君がまだ、僕を想ってくれているのだったら、僕はまた夢を見られる筈。
レイシ――その名を呼ぶ事は、もうなくても。
<デモメルハイイワネ、彼ノ夢ヲ見ラレテ>
「――そうだ」
僕は、幸せだ。少なくともエリーゼよりは。
かつて、自分を抱いていた人を思い出せないのだから。
「僕は幸せだ」
だから君はまだ、僕の事を覚えていて。
――君もまだ、覚えている?
嫌いになんてなったりしないよ。忘れたりもしない。
君が思ってくれているのだったら、僕も忘れはしないから。
――人に思う事は、他人にも思われてるんだって、知ってる?
だから僕が君にこう思うって事は、君もそう思ってるんだろうって、信じる事にした。
――じゃなきゃ、辛くない? お互い、会えないのに……。
「……忘れてないよ」
だから迎えに来てよ、ねぇ、メル!
10-9/27
(何れ知る事になる、その『イタミ』も)
(――君は、受け止めてくれるだろうか?)