金の斧の付属品


「――あ、」

 呪われる、と噂の家。
 解体してリフォームするつもりだったのに、俺の振るっていた斧はすっぽ抜け、どこかへ飛んでいってしまった。

「……あの斧、高かったのに」

 もしやこれが呪いか? あの没落貴族の。
 しかし此処に来るまでは何もなかったし此処で3日寝泊まりしても何もなかった。
 片付けをしていたからか? それは分からないけれど。

「探しに行こう」

 あんな高価な物を、みすみす諦める気にはなれない。
 丁度近くにベランダがあった為、どうやら外まで飛んでいってしまったようだ。
 手摺りから身を乗り出し、下の方を眺めてみると、どうやら井戸があるらしい。
 その辺りに斧はなかったから――もしかして、あの井戸の中に入ってしまったのか?
 だったら嫌だなぁ、と、幽霊の類いを信じていない俺でも思った。

「まぁいいや、行こう」

 俺は自分を奮い立たせるようにそう呟き足を叩く。






 今、この辺りは黒死病のせいで人がバタバタ死んでいっている。
 誰もかれも家に閉じこもり、通りに姿を見せないようにしているが、俺には生まれてこのかた一度も病気になった事がないという自負があった。
 それがどこまで通用するかは分からないが、辛うじて営業していた俺の職場は、こんな辺境の地へ遣りやがった。
 別に病を恐れているわけではない――病で死ねるのなら、寧ろ本望だと思う。
 何も期待していなかった俺は、上司の言葉に二つ返事で答えた。






「……見えないなぁ」

 井戸の中は暗くて、とてもじゃないが中は見えなかった。
 じ、と身を乗り出して覗き込んでみてもただ闇が広がるだけ。

「……勿体ないなぁ」

 身体を起こす。誰に背中を押されることも、手を引かれることもないだろうけど。
 そう思って背中を向けた、その時。

「こんばんは。これは君の落とし物?」
「ぅわっ!?」

 いきなり声を掛けられた。

「えっ、だ、誰……どこから!?」
「あぁ、申し遅れた。僕はメルヒェン」
「メル……?」

 発音が流暢過ぎて聞こえなかった為、ごめんなさいの念を込めてじっと目を見つめると、メルでいいよと言われた。あああいいのかそれで。

「ところでこの斧」
「あ……」

 外は異様なまでに暗かったものの(もうそんな時間だったのか)、それが俺の斧だという事はよく分かった。
 拾ってくれた事に感謝し、礼を言う。

「どういたしまして。……ところで君の名前は?」
「え?」
「名前」

 あ、と言った。名前か。

「レイシ」
「……レイシ」

 メルは考えるように唸る。
 闇を纏った様な彼、顔立ちはとても美しいが、一体何者なのだろう(この辺りの人は死んだと聞いていたが……)。
 ……何だか怖くなったので、俺はまた小さく礼を言うと、逃げ出そうとした。

「レイシ、待って」
「えっ!?」

 ぐい、と手を引かれ焦る。

「この家で何をしてる?」
「え――」

 ――まさか、彼は、この家の人?
 サァッと顔が青ざめる。しかし俺は悪くはない。
 文句を言うならば、あの馬鹿社長にやってくれ。

「あ、あの……リフォームを……」

 素敵だけど。十分素敵だけど老朽化が。
 苦し紛れの言い訳は、どこまでメルに届いただろうか。
 その鋭い眼光に、俺はいつの間にか口をつぐんでしまっていた。

「……じゃあレイシは、此処に住もうと思ってるのかい?」
「――え?」

 唐突な問いに、焦る。

「いや、そういうわけじゃ……俺は仕事で……」

 此処に住めるわけない。だって黒死病の蔓延している所だ。
 仕事もないし、人もいないし、住む意味とか理由なんてある?
 ――しかし、そんな事を、此処に住んでいる(んだと思われる)メルに言えるわけはなくて。

「僕、ずっと1人で寂しかったんだ。誰かが来るのを待っていたんだよ」
「……え、」

 ――それって、つまり。

「レイシ、Thuringianへようこそ」

 つまりこれは、欲張らなかったご褒美、と。





















10-9/18
リフォームとかそんな馬鹿な



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