<オ馬鹿サン>
「……五月蝿いなぁ」
このお人形は一緒に井戸に落ちてから、随分とお喋りになった。
前は黙って青い瞳を向けるだけで、可愛かったのになぁ。
<メルノ事、好キナノネ>
「……っ」
嫌だぁエリーゼ、それってどんな冗談?
笑い飛ばしたい気持ちは山々なんだけれど、嗚呼……。
<ドウシテ言ワナイノヨ! 拒絶サレルカドウカナンテ、言ワナケレバ分カンナイデショ!>
「……そうだけど……」
<大体、メルニ断ラレルトデモ思ッテルノ?>
「……え?」
まるでエリーゼは、その答えを知っているかの様に言う。
麗しの人形の青い瞳は、じっと俺を見上げた。
<――知ラナイノ?>
「……何を?」
<……アンタ、何年メルト一緒ニ居ルノ?>
少なくともお前よりは長いと言いたい。
「大体お前は――」
「ただいまレイシ、エリーゼ。仲良くしていたかい?」
「ッ、メルヒェン!」
俺はばっとエリーゼから離れる。
多分その見目麗しい表情が軽く猟奇的に歪んだ事だろうと思う――
――ちなみに、エリーゼの話な。
「レイシとエリーゼは、2人きりにするとすぐに喧嘩するんだから……」
「ちが……」
<ダッテ、レイシガメルノ話シカシナインダモン>
――こいつ、何を馬鹿な事を――
俺は眩暈がする。
「僕の……?」
<ソウヨ。レイシハオ馬鹿サンダカラ、私ノ前デハメルノ話ヲスルノニ、肝心ノメルノ前デハシナイノヨ>
「誰がそういう話を本人の前でできるんだよ! って、そういう問題じゃな――」
はっと気付いて顔を上げると、メルヒェンの微笑みが、いつもより歪んでいた。
いや、彼はいつも歪んでいる、井戸に落ちてから随分変わってしまったらしい。昔はあんなに可愛かったのに。
しかし俺は直視する事すら叶わず、さっと瞳を背けた。
「レイシ、初耳なんだけど」
「そ、そりゃ……言った事ないし」
誰が好き好んでそんな事言うか!
「じゃあそれは、僕へのプロポーズととっていいのかな?」
「別に、勝手にしろ!」
……って。
今俺、許可すんのはまずくなかったか?
ゆっくりと顔を上げると、メルヒェンは非常に嬉しそうな顔をしていて。
ゆっくりと後ずさる俺を、メルヒェンの非情な瞳は逃がさなかった。
「メ、メル……?」
「じゃあ僕からも言うよ」
そう言って突然俺の右手を取ると、メルヒェンはひざまずく。
あ、これ何フラグ、とか思っていると、右手に軽い温もりが触れて、情けないながらも俺は小さな声を上げてしまった。
「――愛してる、レイシ。どうか僕のものになって、未来を共にしませんか」
「未来って、おま、」
「じゃあ、『未来永劫』、だ」
絡め取られる視線。エリーゼの気配が見られない事に安堵する。
俺は折角メルヒェンが作ってくれた状況をもぶち壊し、一緒にしゃがんで抱きしめた。
「……レイシ、」
「――喜んで」
時間を置かずに背中に回された手、柔らかな口づけ。
深いそれは初めてで、俺は戸惑いながらも差し出した。
10-8/22
(……あの子、確信犯?)
(エリーゼありがとう。お陰で面白いものが見れた)
(……嗚呼、確信犯はこっちの男だった)