隔絶ノ地


<メル、マタ今日モ来テルワ>
「あぁ……うん、そうだね、エリーゼ」

 丸い夜空を見上げれば、月光を遮る人影が1つ。
 夜に1人井戸の傍というのは、果たして怖くないのだろうか、とメルヒェンは思う。

「ちょっと声を掛けてみようか」

 オドカス気? とかエリーゼはくぐもった声で言ったが、それが聞こえる筈もなく。
 メルヒェンはエリーゼを連れずに、人影の傍へ音もなく寄った。

「Guter Morgen。何をしてるのかな?」
「……ッ!?」

 人影は思わず飛びのく。それもそうだ。
 いきなり井戸の中から人が出てきて、そして夜にも関わらず『お早う』などと挨拶をされれば、誰だって驚くだろう。

「あ、あなたは……?」
「僕はメル」
「メル……」

 その舌足らずな、発音に慣れていなさそうな響きに、彼はどこか異国の人ではないかと考えた。
 しかし同じ言葉を操るのだ、全く関わりのないわけではないだろうし……。
 まぁまずは、自分と口を利いてくれた事に感謝すべきだろうとメルヒェンは思う。

「俺はレイシです」

 レイシか、宜しくね、と言って手を差し出すと、恐れながらも握り返してきた。
 ――やはり、濡れていたせいだろうか。
 一瞬、レイシの眉間にはしった不審感を、メルヒェンは見逃さない。

「俺、って事は……男?」
「え、あ、はい、」

 ――男に、見えませんか? 問われて苦笑した。
 見えない事はないのだが……何しろ線が細すぎる。
 暗くてよく見えないのは事実だが、男のメルヒェンから見ても綺麗な顔立ちをしている――エリーゼは、何て言うだろう。
 ちょっと落ち込んでいるらしいレイシにメルヒェンは軽い謝罪をすると、話を変えた。

「それにしても、そんな可愛い顔してると――いや、何でもないよ。それよりレイシ、君は何故此処に?」
「……あー……」

 言いにくそうにシワを深めると、小さく溜息をつく。
 勿論彼が望んでやってきたわけではない事など、メルヒェンにはとっくに分かっていた。
 こんな寂れた村に、一体どんな物好きが来るというのだろう?

「……仲間に、置いていかれたんです」
「……え?」

 レイシの言葉の意味が上手く咀嚼できず、メルヒェンは聞き返す。

「俺達は旅行してたんですよ、5人で。いつも悪ふざけをする奴らなんですけど……朝起きたら外で、しかも彼らは見当たらなかったなんて、そんなの初めてです」
「……あぁ……」

 気の毒に、と口の中で呟いた。
 ――まさか、世の中にそんな事があるのだろうか?
 メルヒェンは断片的な記憶を探りながらあぁあるかもしれないな、と何となく納得した。

「じゃあ君はもう帰れないの?」
「はい、財布とかも全て、彼らが乗っていった車の中ですから」

 彼は助けを呼ぶ事もせず、ただ飢え死にを待っていたのか。
 しかし待っている場所が井戸の傍でよかった、出会えたのだからとメルヒェンは思う。

「レイシ、死ぬのは怖いだろう」
「……はい」
「だったら僕と暮らさないかい?」
「……え?」

 不意の提案。
 しかしそれに飛び付く程、レイシは考えなしではない。

「気の毒だと思ったのがeins。でもそんな簡単な話じゃない」

 メルヒェンは長い、綺麗な人差し指を立てる。

「zwei。僕は既に《人》ではない、君が恐れないのなら僕は構わない」

 友達が欲しかったんだ、と笑った。
 瞬間、レイシの瞳が歪められたのには気付かない。

「drei――」

 メルヒェンは抱きしめた。
 レイシを、唐突に。
 あまりにも突然の出来事に、レイシは声を出す事もできない。

「僕は君を、好きになったみたいだ」

 友達って言ったのは、とレイシは心の中で問う。しかしそれが届く筈もなく。
 耳元で囁かれた言葉は、外界から隔絶されたこの地で、レイシに頷かせるには十分だった。



















10-8/21
(メル、戯レハヨシテヨネ)
(僕は本気だよ、エリーゼ)



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