夜を越える


 生きるのは辛いけど、死ぬのはもっと悲しい事だ。
 少なくとも俺は、そう思う。






 俺達が出会ったのは偶然ではなかった。

 俺が刻んだリズムに導かれるように、イヴェールは俺の前に姿を現した。
 ひたすら音楽にふけっていた俺に、彼は盗賊だと名乗った。
 変な奴、と思ったのは最初だけで、いつの間にか俺達は仲良くなっていて。
 許し合える仲になっていた。
 お互いの領域に踏み込まれても。






「……なぁ、イヴェール、俺が死んだら、悲しいか?」
「そりゃあ」

 何てことを聞くんだ、という顔をしながらも、答えてくれるイヴェールは優しいと思う。

「だったら良かった」
「何がだよ?」

 憮然と、釈然としない表情で問われたので、イヴェールの頬を手の甲で撫でてやった。
 別にこれは俺達の間では特別でも何でもなくて、普通のことで。

「――だって、死んでも悲しんでくれる人が居なかったら、寂しいだろ」

 暫くされるがままになっていたイヴェールは、少しだけ、目を開けた。

「……そう、だな」

 ちょっとだけ、笑った。
 そんなイヴェールに身体を擦り寄せと、何故だか夜の匂いがして。

「……イヴェール、夜の匂い、するね」
「……そうか」

 本当に、ほんの少しだけ、笑った。

「レイシ」
「ん? 、」
「――好きだ」

 軽く唇を重ねた後、イヴェールはそう言う。
 でも、イヴェールの表情が本当に悲しげで、俺は何も言えなかった。

「レイシ……死んでも、忘れないで」
「な、に、馬鹿な事、」

 俺も忘れないから、と重ねた手を握られた。
 その表情が真剣で、つい、俺も揺れる。

「……そんなの、当たり前だろ。俺、イヴェールのこと、愛してるから」
「……そっか」

 『当たり前』にしては、随分戸惑ったような物言いだったかもしれない。

「……俺は、死ぬの、怖いよ」

 小さな声で告白する。
 普通の人は、怖いって思うと思う。
 でもイヴェールは、何だかそんな風に見えなかったから。

「俺は、生きる事は、凄く怖いと思う」
「イヴェール……」
「死んだ方が楽だと思う事、どれだけあっただろう」

 その表情に笑みが見えて、俺は漸く安心した。

「でも、それでも、生きる事をやめられなかった。俺はいつの間にか笑ってたよ」
「え……何、俺?」
「あぁ」

 笑みながら、イヴェールは俺の胸をつつく。

「レイシが居たから俺は、いつの間にか笑ってた」

 生きる事は、辛いと言う。
 死ぬ事は、楽だと言う。
 ただ生きている事に安心していられる俺には、イヴェールの言っている事は殆ど分からなくて。

「だから、もし、俺が」

 でも、1つだけ、分かった。

「もし今日、死ぬんだと言われても」

 俺は、イヴェールの刹那的な、その世界の中で。

「別に良いなって思うんだ」

 特別なんだなって思うよ。






 いつだか、夜の匂いがする、と言ったように。
 イヴェールはいつの間にか『俺』の世界から居なくなってしまった。
 誰よりも夜を心待ちにしていた彼は、俺を置いて逝ってしまった。
 ――盗賊? ふざけてる。
 でも彼の刹那的な生き方には、お似合いだったかもしれない。

 俺の生きる長い時と彼の生きた短い時。
 奇跡的に交わった、奇跡のような時間だった。

 でも、と俺は言う。

 置いていかれた奴の身にもなれよ。
 泣き叫んでみてももう遅い。

 俺は唇を開く。
 泣く代わりに歌を紡ぐ。
 出会ったあの時の様に。

 君が迷わぬように。






















10-11/17
イヴェールは切ないものが多いなぁ、朝夜と宝石を自分なりに解釈した結果です。



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