そのvinの名は


 生きる意味を、探してた。






「……お兄さん、先越されちゃって、残念だったね」
「!」

 酒をあおってそう言うと、彼は驚いた様にこっちを見た。
 金の髪が小さくなびく。

「まぁ、もしお兄さんが殺していたらお兄さんの行く所はないよね。それとも、そうなってもいいから、あの男を殺したかった?」
「……あぁ……」

 綺麗な顔を歪めて彼はそう答えた。

「あの人も不憫だなぁ。ま、恨みを晴らせて満足だっていう顔してたけど。あ、マスター、このお兄さんにあのお酒あげてよ。vinを」
「かしこまりました」
「vin?」

 にこりと笑う。

「あぁ……美味しいのさ。飲んだ事が無いと言うのなら勿体ない……奢りだから、飲みなさい」
「……名前は?」
「俺の?」

 普通はそっちから名乗るべきだ、とか……そんな事は考えなかった。
 ただ、そう聞かれる事自体が珍しく、嬉しかった。
 黒い剣を持って現れた男――その復讐まで奪われた男――面白いじゃないか。
 興味が芽生えた。

「俺はレイシ」

 ここで暮らしてるようなもんさと言う。

「あんたは?」
「……Laurant」
「ローラン?」

 そういえば、あの先程殺された赤い髪の男も……ローランという名ではなかったか?
 ――まぁ今となっては全てがどうでもよい事だ、全ては終わったのだから。

「……この酒は……」

 コンという音から数秒後、出された酒へ手を伸ばす。
 ローランの感嘆が、口から漏れた。

「美味しいだろ?」

 ローランが頷いたのを見て俺は続ける。

「……もう、死ぬとか、殺すだなんて。考えるんじゃないよ」
「……!」

 このvinは人に、何か大切な事を思い出させてくれる。
 ただの葡萄酒が……と言うかもしれないけど、作り手の想いはここまで届く。
 ローランはじっとこっちを見た。

「……Merci,レイシ」

 立ち上がる。自分の分のお代だけを載せて。
 見送る様に視線を遣れば、ローランは振り返って小さく言った。

「……いつか、また来るよ」

 その時は、レイシ、俺に奢らせてくれ。



 手を振り返して、ふっと笑う。
 ――あぁ、なら俺はここで、いつまでも待とう。
 あんたが迎えに来るのを。

















(久しぶりだな)
(その声……! ローランか?)
(あぁ。よく分かったな)
(当たり前さ。初めて俺の名前を聞いた奴だもの……今日は、奢りに来てくれたのか?)
(あぁ)
(何でも頼んでいいのか? じゃあ――)
(いや、それは流石に……)
(……じゃあ、vinで乾杯しようか。あの時と同じ、あんたを救った、あのvinで)
(……あぁ)

(……そうか、あんたには子供が居るのか)
(あぁ……この酒場に来る前から居た)
(……今更だけどさ、ローラン)
(ん?)
(俺……あんたの事、好きだったよ)

(……知ってたよ、レイシ)




















10-8/29
ロレーヌの葡萄酒は、きっと沢山の人を救ったのでしょう



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