「君に出会えて本当によかったよ、レイシ」
「……あ、そう」
イヴェールのいつも通りの言葉はスルーする。彼はこういう人だ。
料理中に後ろから抱きしめられても眉一つ動かさない。
「ムシュー、ただいま戻りました」
「レイシ様ぁ」
丁寧なヴィオレットの声、駆け寄ってくるオルタンスの足音。
俺がイヴェールを退けながら見ると、そこには小さな手で袋を差し出してくるオルタンスが居た。
「レイシ様がお頼みになった物は、こちらで合ってますか?」
「待ってよ、確認するから……うん、これで全部だね。有難う」
少し離れた所に居るヴィオレットも手招く。流石お人形さんだ。言われた事にはきちんと従う。
ゆっくりと2人の頭を撫でると笑ってくれ、見ているこっちも幸せになった。
「レイシ、レイシ、僕には?」
「イヴェール? 俺には手が2本しか無いから無理だな」
「うぅ……」
一通り撫で終わり手を戻すと双子はまた嬉しそうに笑ってくれた。
そう、だから撫でがいがあるんだ。あの2人は。
受け取った袋から食材を出しながら、はっと気付く。
俺の肩に載った重みに。
「イヴェール、重い」
「僕はそんな重くないよ」
「愛が」
愛だということは分かっている。イヴェールはこんな俺でも愛してくれている。
だからこそ余計に、答えられない自分を恨めしく思うんだ。
「ひど……」
「イヴェール」
包丁を置く。トマトを切るのはもうやめた。
呼んで手招くと、イヴェールは素直に隅からやってきた。
――今まで散々このパターンやってるのに未だ学習しない彼も、可愛いモンなのかもな。
くすりと笑いながら手を伸ばすと、びくりと避けられ、あぁやはり警戒されているんだなと悲しい様な、当然な様な気持ちになった。
「怖がんないで、イヴェール」
「レイシ……?」
無理な話だった。
ならば、今回は期待を裏切ってやろうと。
俺は抱きしめた。
「えっ、えっ、レイシ!?」
いつも好きって言われてるのに、俺は答えた事なかった。
何だか申し訳なくて……その感情すら、嫌いで。
せめて罪滅ぼしにならないかなって、俺は一生懸命抱きしめた。
「……レイシ、怖いの?」
「な……にが?」
突然の事に分からず俺は問い返す。
「僕は居なくなったりしないのに」
「……!」
――何だ、見透かされてたのか。
何だか安心して、俺は抱きしめる手を緩めた。
「でもさ、イヴェール……イヴェールは時々、2人に物語を捜しに行かせてるじゃないか。それはやっぱり、産まれたいからじゃ……?」
「うん、そうだけど、それもあるけどね、レイシ」
手を解かれる。何だか拒絶されたみたいで悲しかった。
――いや、当然か。俺が今までしてきた事を思えば。
そのせいで俺は手を繋ぎ直す勇気もなく、宙に浮いた手を下ろした。とんだ馬鹿だと。
――しかし。
「イ、イヴェ……?」
今度は抱きしめられる。……初めてじゃない。
でも、真剣な正面からの抱擁は、もしかしたら初めてかもしれなかった。
「もし、双子が物語を見つけたら、僕は行くよ。……でも、それは君と一緒にだ」
「……え?」
聞き違いかと思い、俺は聞き返す。
「僕の物語は、もう君ナシじゃ紡げない。だから君には僕と一緒に来てほしいんだけど……いいかな?」
「……っ! イヴェール!」
悪い訳がなかった。どうして俺がそれを断るんだ。
上げていた顔をもう一度イヴェールの胸に押し付け、俺は大泣きする。
――まぁ、イヴェールの事だし、そのクサイ台詞は多めに見てやるか。
10-8/12
(まぁ、ムシューったらレイシ様を泣かしていますわ)
(あら……ムシューの馬鹿)
(ムシュー最低)
(レイシ様を泣かすなんて……)
(……視線が……痛い……)
(?)