準備してくるから待ってて、と言われたものの、彼に全て任せて部屋でごろごろしているのも気が引けたので(それにゲンガーが部屋の隅からものすごい笑顔でじっと見つめてくるのに耐えられなかった)、台所へ向かった。何やらまな板に向かって苦戦している彼の後ろ姿に声をかけると、びくりと体を揺らして、慌てた様子で振り向いた。
「な、何っ?」
「いや、手伝おうかと思って…どうしたんだ?」
「え、別に…なんでもない」
「あ!まさか今ので指とか切ったんじゃ!」
「は、いや、違うってば」
何か隠そうとしているマツバに大股で近付いて、手を取った。しかし、怪我はないようだ。何を慌てているんだと、まな板の上を見て、絶句した。半分の白菜に、包丁が垂直に刺さっていた。ゆっくりマツバへ視線を移すと、ばつの悪そうな顔で目を泳がせた。
「……代わろう」
「……うん」
彼は料理が出来ないわけではないが、不器用なところがある。今は横で葱を切っているが、少しぎこちない。真剣な横顔を見ていると、自然と口元が緩む。
「マツバ、終わったぞ」
「うん、じゃあそこの笊に入れといて」
「まな板はもう使わないなら洗っておくけど」
「ありがと、お願い」
彼が柔らかく微笑む。笑顔で返して、まな板を流しへ移動させてからふと、この状況を形容するに相応しい言葉が頭に浮かんだ。それがあまりにもぴったりで、つい笑いが込み上げる。
「なあマツバ、」
「何?」
「なんだか私たち、新婚みたいだな」
濯ぎ終わったまな板と包丁を置いて、手を拭きながら彼を見ると、こちらを見たまま無表情で固まっていた。
「そう思わないか?」
気分を悪くしただろうか、と不安になったが、尋ねた途端、顔を赤くして、口をぱくぱくさせて、見るからに動揺し始めた。
「な、なに言ってんの」
「はは、照れ屋な奥さんもかわいいなあ。なあマツバ、結婚しようか!」
「か、からかわないでよ!ミナキくんのあほ!」
肩に手を回すと、肘で胸を勢い良く打たれた。予想外のダメージに、その場でうずくまる。マツバはというと、背を向けて調理に戻っていた。が、一瞬、私の苦しむ様を見て、もう一度前を向いて、ふふ、と肩を震わせた。くそ、こっちは結構本気で苦しんでるんだぜ、と言ってやろうと思ったが、彼があまりにも楽しそうに笑うのでどうでもよくなった。
つづく?