(マチマツ前提のヒビマツ)



一般的には深夜と言える時間に、アポ無しで自宅に訪ねた客を見下ろして、彼がわずかに動揺したのを俺は見逃さなかった。しかし彼はそれを一瞬にして普段通りの微笑みに変えてみせた。それが作られた笑顔だとは、いつも彼を目で追う俺以外にはきっとわからないだろう。

「……やあヒビキくん、こんな遅くにどうしたの?」
「いや、近くまで来たんで。それにどっちにしろ、マツバさん昼間寝てるじゃないすか」

意識的に無邪気に笑ってみせると、彼は目を細めたものの、困ったように眉を下げ、黙って視線を宙にさ迷わせた。おそらく、何か都合の悪いことでもあるのか、俺を家に上げるか考えているのだ。珍しいこともある。

「……まあ、挨拶してこうと思っただけなんで、……じゃ、俺行きます」
「え、行くって、……いいよ、上がっていきなよ」
「あ、いいんですか?じゃあ遠慮なく」

帰る気などさらさらないのに、ちょっと演技をしてみれば彼はあっさり俺を引き止めた。この時間にわざわざ来たのも初めからこのためで、人の良い彼はまだ子供の俺を追い帰すことはしないだろうと踏んでのことだ。予想外だったのは、家に上げるかどうか、彼が悩んだことだ。いったいどうしたんだろう、と思いながら、扉を支える彼の横を通った時、嗅ぎ慣れない匂いがした。どうやら香水のようだったが、彼は普段香水を付ける人ではない。

「マツバさん、もしかして香水付けてます?」

俺は純粋に、何の気無しに尋ねただけだ。しかしその瞬間、確かに彼の周りの空気が凍り付いた。彼は数秒間の沈黙の後、はは、と感情のこもらない渇いた笑い声を漏らした。

「……ちょっと、さっきまで客が来ててさ」
「……へ、こんな遅くに?」

この時間まで一緒にいるのだから、仲が良い相手だったのかと思いきや、彼の雰囲気からしてそうではないらしい。彼は問い返した俺にゆっくりと振り返った。そして、

「彼も突然だよ。……君みたいにね」

ひどく冷めた顔で笑った。にもかかわらず、どこか熱っぽく瞳を揺らしていて、それを見た俺は彼がその客とここで何をしていたのか、なんとなく悟った。今お茶でも煎れるから、と彼が俺の横を通り過ぎても、俺は動けなかった。すれ違った瞬間、彼が掻き回した空気の甘ったるさに吐き気がした。


220520


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