(ハヤトとマツバ)
「今夜はやけに明るいな」
どうしたの、という僕の問いに対する彼の答えは意外なものだった。先程から俯いて歩いているから、何か彼の気分を害することでもしてしまったのではないかと懸念していたのだ。彼の視線の先を追う、どうやら揺れる僕らの影を見ていたようだ。確かに、青白い草むらに僕らを濃く写している。
キキョウとエンジュを繋ぐこの道は、数日前まで突然現れた木によって塞がれていて、二つの町を行き来する道は空しかなかった。自然、僕と彼との交友は減っていたのだが、木がなくなってからは、また会う機会が増えて、今日のように帰りが夜遅くになることもあった。歩いて帰ると僕が言うと、彼は決まって送っていくと言う。彼いわく、"マツバはぼーっとしてるから心配だ"。失礼だと思うが、彼がそうしたいと言うなら、止める理由も、そして彼といる時間は嫌いじゃないから、止める気もない。
「そうだね、今夜は月が満月に近い」
俯く彼とは逆に、僕は仰ぐ。こんなに夜を明るく照らしているのに、ずっと見上げていても眩しさを感じさせない、淡い光だった。いつの間にか彼も空を見上げていたらしい、本当だ、と呟いた。
「なんだかいつもより大きく見えるよ」
ね、と同意を求めたら、彼は横にいなかった。振り返ると、彼は足を止めて空を見つめたままだった。
「ハヤトくん?」
「なあ、マツバ」
ゆっくり僕と目を合わせた彼は、きれいに笑いながら、天を指差した。
「一番近くで見せてやるよ!」
もう片手に握られていたボールが瞬く光り、勢いよく開いた翼が羽根を散らした。眩しさに目を覆う。次に目を開いた僕の目の前には、彼の手が差し出されていた。相変わらずの無邪気さをもって、僕を待っている。
「乗れよ、きっとここから見るよりずっと大きいぜ」
これだから彼といる時間は好きだ。背伸びする必要もない、何もかも忘れて、無邪気でいられる。
僕は迷わず、彼の手を取った。
220131