※明るくないクリスマスの話。

(ミナキ)

ぼんやりカレンダーを見ていたら急に思い立って、コガネのデパートに飛び、並んだ商品から吟味して選んで、喜んでもらえるだろうか、と期待に胸を膨らませて購入したのは、ゲンガーのぬいぐるみだ。それはあまりにも大きく、抱えて歩くのは少し恥ずかしいかと思ったが、久々に訪れたエンジュは世間が浮足立つ記念日であってもひっそりとしていて杞憂に終わった。驚かせたかったのであえて連絡は取らずに来たが、どこかへ出かけてはいないだろうかと今更不安になる。しかしそんな心配も無駄だったようで、家の明かりは点いていた。「いつでも帰ってこれるように」と以前貰った合鍵で、音を立てないように慎重に侵入して、暗い廊下を歩く。明るい部屋に近付くが、あまりにも静か過ぎた。夜型の彼がこの時間寝ていることはほぼないから、起きてはいると思う。寝ている枕元にこっそりと置いていく、というのもなかなか良いが、このゲンガーは大きさがありすぎて大変そうなので、当初の計画通り進めることにする。明かりの灯った部屋の前で、緊張を紛らわすために深く深呼吸をして、勢いよく扉を開いた。

「マツバ、メリークリスマス!」

一瞬びくりと体を跳ねさせて、彼が私に瞳を向けた。ミナキくん、と呟く。だが、私は目に飛び込んできた光景に唖然としていて、返事を返すことが出来なかった。部屋の中には彼が一人、ポケモンたちの姿もない。テレビも点いておらず、これまでどうして過ごして来たのか不思議に思った。しかし私が驚いたのは、机の上には明らかに一人分ではない量の料理と酒が置かれていたことだ。まさか、私が帰ってくると予想して、もしくは"見て"、用意したのだろうか。だとしたら私の作戦は失敗だ。悔しいな、と言おうとして、びっくりした。彼の目尻に、じわりと涙が浮かんだのだ。

「どうして、」

彼の声は絞り出したようにか細く、震えていた。

「どうして帰ってきたんだよ」

彼はとうとう静かに涙を流した。私には、彼の涙の意味がわからなかった。彼が一人で何もせずにいたことの理由も、並んだ料理の意味も、彼が喜んではいないことの理由も。なぜこうなったのだろうか。私はマツバの喜ぶ顔が見たかっただけなのに。私は彼のしゃくりあげる声を聞きながら、部屋の入口で、そこから動けずにいた。



(マツバ)

僕の予想通り、もう夕方になるというのに挑戦者は一人も来ていない。確かに、こんな日にこの暗いジムにわざわざ戦いに来るトレーナーはいないだろう。わかっていながら、律儀にこうしてジムを開いている自分に嫌気がさす。こんな状態で行う修業など無意味だとわかっているし、どちらにしろ、修業に行く気にはなれない。だから僕にはこれしかなかったのだ。おばあちゃんたちは、家族で過ごしたい、ともうとっくに帰ってしまっている。ひとりぼっち。寂しいとは思わないけど、退屈だ。

切らしていたアイテムを買おうと帰りに寄ったショップで、売れ残りだろうか、ケーキを安売りしていた。ぼんやり眺めているうちに、ミナキくんの顔が浮かんだ。今どこにいるんだろう、近くにいるならおいでよ、なんて電話してみようかな、と思ったけれど、なんとなく躊躇われた。電話で呼び出して、わざわざケーキまで用意して、なんて、そんなの恥ずかしいし、第一男のすることじゃない。結局僕はひとりだ。しかし、迷ったあげく、僕はそのケーキをかごに入れた。せっかくの記念日だし、これくらいは食べておいてもいいだろう。更に、鶏肉だとか、ピザだとか、今日にぴったりの食べものがたくさん安く売っていて、せっかくだからと深く考えずに選んでいたら、いつの間にかかごはいっぱいになっていた。戻すのも面倒で、そのままレジに向かった。ひとりじゃ食べきれないだろうその量を見て、なぜだかとても愉快になった。少し退屈が紛れた気がした。

しかし、並んだ料理を前にしても、僕は何の感動も覚えなかった。ただ僕が座っていて、ただ机の上が料理で埋めつくされているだけ。中央に置かれたケーキも、店では綺麗に見えたのに、ここではただのスポンジとクリーム、それ以上だとは思えない。それでも僕はひとりでこの日を楽しもうと決めていたから、無理矢理笑おうとした。笑えなかった。僕、何してるんだろ、そう思った、ちょうどその時、

「マツバ、メリークリスマス!」

部屋の扉が突然開いて、笑顔のミナキくんが現れた。腕にはゲンガーの大きいぬいぐるみを抱き抱えている。何が起こったのか、理解が追いつかない。僕は電話をした覚えもないし、彼からも何も言われてない。どうしてここにいるんだろう、どうして何も言わないんだろう、どうしてそんな大きい荷物を抱えてるの、

「どうして、」

だって、僕はひとりでクリスマスを過ごすつもりで、期待なんかしないように、馬鹿みたいにいろいろ買い込んで、僕はひとりだって自分に思い知らせてやって、この夜を乗り越えるつもりだったのに、

「どうして帰ってきたんだよ」

こんな幸せな夜に、彼に泣き顔なんか見せたくなかったのに!



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