※ヒビマツ家庭教師パロ続き



彼は残酷なことに、俺の告白を無かったことにしやがった。ぼんやりしている彼のことだから忘れているのかもしれないが、とにかく、あの日を境にしてもしなくても、彼の態度に全く変化はない。だからタチが悪い。

「…あ、ヒビキくん、この問三の選択肢はね、」
ここから、と彼の白い指がプリントをなぞる。何か喋っているが、近い距離に緊張して全く頭に入らない。ていうかマツバさん手キレー、とか、なんかいいにおいするー、とか、睫毛なげー、とか、そんなことを考えていたら、ふと目が合って、穏やかに微笑まれた。

「どう?わかったかな」

それは俺にとってはただの拷問だ。自覚しているのかなんなのか知らないが、無意識だとしたら、その無神経さに腹が立つ。それでも好きだけれども。

「あー、もう!全然わかんねー!」
「そっか。頑張ろうね」

むしゃくしゃして叫んだら、マツバさんはなぜか嬉しそうに笑った。単純な俺の心臓はいちいち鼓動を速める。

「マツバさん、もうダメっす」
「じゃ、休憩しよっか。疲れただろ、う……ヒビキくん?え、ちょ、なに」

勢いよく立ち上がったら、椅子が床に擦れて大きな音を立てた。母さんが下にいるはずだが、そんなことはどうでもよかった。マツバさんの腕を掴んで、無言で引っ張って、ベッドの上に座らせた。足の間に膝をついて肩を押すと、彼は簡単に倒れた。焦った様子もなく、ぽかんと口を開いたまま俺を見上げている。なんでこの人、こうも危機感がないのだろう。この前の告白を本当に忘れているんだろうか。それとも、俺が子供だと思って安心しきっているんだろうか。

「俺、こないだマツバさんが好きだって言いましたよね」
「あー……うん、そういえばそんなこと言ってたねぇ」

はは、じゃない。俺にとっては、笑って済むような問題じゃないのだ。はぐらかして無かったことにしようとしている空気がひしひしと感じられる。

「本気なんすけど。信じてます?」
「うん、ありがとう。嬉しいよ」

俺に押し倒されながらも、にっこりと笑って見せる、その余裕。本当なら、全力で抵抗すれば俺なんて突き飛ばすくらい容易なはずだった。でも彼はそれをしない。必死にあがく俺を傍観している。まるで相手にされていないのだ。悔しい。残酷な人だと思う。でも、俺は彼が好きで好きでたまらないのだ。俺もどうしようもない。

「ねえ、キスしていいですか」

なんとかして困らせて、その頬が赤く染まるのを見たかった。勿論、難しいことだとわかりきっている。彼の反応は予想通りだった。眉を下げて、それは困るなぁ、と笑みを浮かべるだけ。抵抗は一切無し。

「なら、させてください」

膝を彼の股間に押し付けると、一瞬、眉間に皺を寄せて、瞼を伏せた。初めて見る表情に、気持ちが高ぶる。もっと、いろいろな彼を知りたい。彼のニットに伸びた俺の手は、急に首に巻き付いた腕によって、あっさりと動きを止めた。

「…わかった、キスしようか」

そう静かに呟いた彼の表情は、もう先程までの余裕を取り戻していた。残念に思ったが、今までにない距離で微笑まれて、俺の思考は停止した。何も考えず、薄い唇に噛み付くようにキスをした。触れるだけだったけれども、今までにないほど緊張した。実際は数秒だったと思う、けど俺には数分にも感じられた。顔を離すと、彼は突然口元を押さえて笑い出した。

「……なんすか」

わかりやすいほど不機嫌な声が出た。ガキくさくて恥ずかしい。

「いや、ね。かわいいなぁ、って思って」

馬鹿にされた。きっと彼にはそんなつもりないんだろうが、無意識に馬鹿にしているのだ。余裕のない子供だと思って。しかし、

「……も、なんなんすか!これ以上笑ったら襲いますよ!」

笑いすぎではないだろうか。まだ腹を抱えて体を震わせていた。目尻に、うっすらと涙が溜まっている。泣くほど笑わなくたっていい。泣きたいのは俺だ。彼は一通り笑い飛ばした揚句、涙を拭いながら、えらく挑発的に唇を歪めてみせた。

「させないよ。僕にはもう相手がいるもの」

自分の襟首に指を引っ掛けた彼が僕に見せたものは、白い肌に残る赤い痕だった。なぜか、ショックは少なかった。もう俺の中で望みがないことがわかっていたのか、それが大して重要ではないことだったのか。それを見ても、俺の気持ちは変わらない。彼はどこまでも残酷だ。それでも、俺はマツバさんが好きだった。



211128




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