地元を出て、東京で1人暮らしを始めてから、初めてエイジ君から電話が掛かってきた。

『新妻家(エイジ君)』と表示されている携帯の画面を見て、引越しの日、もう高1になるというのに泣いて叫んでと大暴れして私の東京行きをとめようとしていたエイジ君を思い出す。あそこまで慕われていたのかと驚くと共にエイジ君と遊んで過ごした18年が思い起こされて少ししんみりしてしまった。まあそれと同時に、前世の記憶があるからと言って遊びすぎだったなと軽く反省した。新品同様折り目が付いていない高校時代の教科書を捨てた時のあの親の目を忘れられない…。

手元で震えている携帯の通話ボタンを押し近況でも聞こうと口を開いたが、いつもより弾んだ懐かしい声に遮られた。

『胡桃さん!僕、ジャンプで賞取ってお金稼ぎました!!』
「お、おおおお!?本当?!!おめでとう!何号に載る?」
才能があるとは思っていたけどまさか本当に賞を取るとは…!上京する前に読んだ漫画達を思い出して賞に出したのはどれかなと考えつつ、ぬらりひょんの孫が表紙の最新号をぱらぱらめくる。知り合いがジャンプに載るって凄いな…!

『はい、手塚賞です!これで立派な漫画家です!だから約束通り結婚してください』
え、

『胡桃さん?』
「あ、はい大丈夫」
びっくりしすぎて一瞬どこかにトリップし、電話をしていることを忘れていた。
賞のタイトルにもびっくりだし、何よりエイジ君があの幼い頃の約束を覚えていた事に驚きを禁じえない。
これ、どう返事すればいいんだってばよ。

『胡桃さん?本当に大丈夫です?』
「あ、うん、ごめんごめん。…えー、賞取った事、本当に凄いと思う。おめでとう。…でも厳しい言い方するけどたった1回でしょ?まぐれって事もあるんじゃない…?」
『ナルホド、胡桃さんの言うことも一理ありますです。じゃあ、また手塚賞に応募して賞取ったらまぐれじゃないって証明できます?』
「まあそだね」

ピキーン!頑張ります、と言って通話を切ったエイジ君。
…この電話でHPがめちゃくちゃ減った気がする。美味しいもの食べに行って回復しようそうしよう!
思い立ったが吉日、出掛ける用意を始める。
しかし、服を選びなからもやっぱりさっきの電話の事を思い出してしまう。

エイジ君は多分、心が少年のままで多分恋と憧れの違いが分からないんじゃないかな、というのが私の中で今のところ一番しっくりくる答えだ。でも、エイジ君顔はイケメンの部類なんだから、ジャンプに漫画が載ったら周りの子達がちやほやし出してモテ期が来て、憧れじゃなくて本当に好きな子とか出来るんじゃなかろうか。
いや、でももし本気だったらどうしよう。…って、弟分みたいに思っている存在だからと言ってなんで私がこんなにエイジ君のことを考えねばならんのだ。

この馬鹿らしい思考を切り替えるべく、涼しい冷房が効く部屋からむし暑い外へと飛び出した。

しかし1ヶ月後、またしても入選した事を知らせる電話があり、面倒になってどうするか結論を出していなかったから連載してこそ漫画家、とかなんとか言って延期させたのは言うまでもない。
そして、エイジ君が描いた漫画が載った赤マルに亜城木夢叶という名前を見つけ、私はようやくこの世界に気づいた。それと同時に彼、新妻エイジがすぐに連載を勝ち取ると気づき、次はどうやってあの話をまた延期させるかと頭を悩ませた。


2015/02/21

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