トレンチの上には、セイロンの一種のキャンディとベイクドチーズケーキ。気合を入れて作ったお茶請け。
 ノボリさんが昨日に続いて、今日も来てくださった(もちろん開口一番に謝っておいた)。これを出せて嬉しい。だって、ノボリさんが好きだろうと思って作ったから。
 さっきベイクトチーズケーキがお茶請けです、と言ったら、目が少し輝いた。予想通り。

 シキジカが足元に来た。鼻をぐいぐい押し付けてくる。夏は暑いから、あんまり擦り寄ってこないけど。甘えたいのかな。

 トレンチを置いて、シキジカの目線に合わせるように屈む。首とか額とか背中をわしゃわしゃしてあげれば、嬉しそうな顔をしている。ついでにぎゅ、と抱きしめてあげる。落ち着く。

 離れて顔を見れば、見上げる瞳が輝いていてちょっと驚いた。そんなに嬉しかったの、シキジカ。ぷるぷる尻尾を震わせて、ノボリさんが待つテーブルへと走っていってしまった。
 …? なんだかちょっと、違和感。





「お待たせ致しました」


「いえ、いつもありがとうございます」



 Vネックの綿カットソー。七分丈。ダークグレイ。いつものムーンフェイス。濃紺のスキニーデニム。足の甲を半分くらい覆う黒いキャンバス地のスリッポン。ちょっとオペラシューズの形に似ている。今日はお休みだな。シキジカが足元でうとうとしている。
 そんなノボリさんは暑いのが苦手…というより寒がりみたい。体温が低いよう。温かい方で、とお願いされた。見た目からして体温低そうだもの。結構外暑いのに七分だし。納得。
 カップとソーサー、ポット、砂糖、ホットミルク。最後にベイクトチーズケーキののったお皿を置く。いつもなら小さく切ったり型を抜いたりするけど、ワンピースまるごとのせた。



「ケーキ、どうぞ召し上がってください。昨日のお詫びです」


「お気になさらずとも…。けれど、ナマエ様。危ないですから、ああいったことはなさらないで下さい」


「はい、分かりました」



 お母さんみたい。ノボリさんに失礼だから言わないけど。

 私が座るほうにもカップとソーサーとケーキを置いて、まずノボリさんのカップにキャンディを注ぐ。次いで私のも注ぐ。
 湯気がほんのり立つ。空調の効いた部屋で温かいもの、そしてケーキ。贅沢だな。



「いただきます」


「はい、どうぞ」



 柄の細いシルバーのフォークを持って、チーズケーキに丁寧に刺す。なんだかフォークがさらに華奢に見える。
 あんまり見ているとノボリさんに悪いから、私も頂こう。味見したら美味しくできたと思ったから、お口に合えばいいけど。
 チーズケーキを一口大に切って食べようとしたけど、やっぱりキャンディを先に、と思ってカップに口をつける。チーズケーキはちょっとしつこいから、ストレートで。すっきりしていて美味しい。
 チーズケーキを頂こうとフォークを持ったけど、かちゃ、という食器の音。音の元を見やる。



「毎回、本当に美味しいものをありがとうございます。実は私、チーズケーキが特に好きでして…」


「やっぱり。そう思いました。だから作らせていただきました」


「え……」



 目を見開いて固まってしまったノボリさん。あれ、この癖また戻ってきちゃったのかな。
 一口チーズケーキを食べる。うん。チーズの滑らかさも残っているし、焼きすぎてない。美味しい。キャンディも一口。合うな。

 …ノボリさん、まだ固まっている。声掛けとこう。



「お口にあったようで良かったです」


「…あ、はい。とても美味しいです。キャンディも癖が無くてぴったりですね」



 あ、戻った。良かった。
 紅茶とお茶請けを楽しんでいるノボリさんの目元、優しくて素敵。
 私って不器用だけど、気を張ってなければ素直な気持ちを零してしまうことがあるみたいだ。ちょっと振り返って、そう思う。
 ノボリさん、可愛くて気が緩んじゃう。
 そうだ。昨日のことでお話しないと。



「ノボリさん、そういえば昨日いらっしゃったのは受け渡し…ですよね」


「ああ、そうでした。お直しは…」


「はい。終わっております。お茶が終わったら、お渡ししますね」


「お願い致します」


「昨日は本当にすみません…。受け渡しもできず、あんな姿を見せてしまって」


「きちんと、もうお店を開けたまま無防備に寝ないとおっしゃっていただけるのならば、許してさし上げます」



 腕を組んでへの字口で私を若干にらむノボリさんは、威圧的に感じたけど、それよりお母さんみたいで和んでしまった。







「ご確認お願い致します」



 シャツを見てもらいつつ、ステッチとボタンの解れと、くすみを取ったことを伝える。ノボリさんはお直し箇所をじっと見て、頷いた。
 やっぱりまだ緊張するな。



「綺麗に仕立ててくださってありがとうございます。早速明日から着ますね」


「はい、お手数おかけ致しました。これはお仕事用のもので?」


「ええ。これはもうずっと長く着ているものでして。私、夏服といったらこれを着ます。なので、袖を通す前に点検をして頂こうと」


「なるほど。長く着られた服は、その人の形に沿います。その人の味が出ます。そうなった服は幸せですよ」


「そうですか…」


「お直しさせて頂いて、ノボリさんの形のシャツだなと感じましたよ。そのシャツ、長く着てあげてくださいね」


「…はい」



 素直な気持ちでお話したけど、説教くさくなったかも。
 でも、ノボリさん柔らかい雰囲気。嫌、と思ってないと思う。良かった。



「…ナマエ様」


「はい」


「こちらはいつも、昨日くらいの時間に閉められるのですか」


「…はい。そうですけれども…」


「ありがとうございます。 …それと、申し訳ございません。時間が来てしまいました」


「あ、はい。引き止めてしまってすみません」


「いいえ。いつも楽しい時間と美味しいお茶とお茶請けをありがとうございます。また参ります」


「はい。お待ちしております…」



 なんだか、ちょっとだけクダリさんみたいな、無邪気な微笑みが見えた気がしたけど…。

 うーん。
 ちょっと、違和感。









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